冬戦争

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冬戦争(ふゆせんそう)とは、1939年11月末から開始され、1940年3月まで続けられたソ連軍とフィンランド軍による戦争のことである。第1次ソ連・フィンランド戦争とも言われる。

概要[編集]

当時、ソ連の独裁者であったヨシフ・スターリンは、主要都市のレニングラード(現在のサンクトペテルブルク)がソ連・フィンランド国境に近いことを懸念し、フィンランドに対して領土割譲を要求したが、これを拒否されたためフィンランドに対して侵攻を開始した。これが冬戦争の始まりである。

ソ連とフィンランドの軍事力の差は明白としており、勝敗は最初から明らかと思われていたがフィンランド軍は予想以上に善戦した。これは、スターリンが自身の独裁権を確立する過程において、多くの人材を国内で粛清し続けたためといわれる。軍事力が高くても、それを率いる人材が欠けていたのでソ連軍は統率が予想以上に取れず、それが苦戦の原因になった。

しかし、この戦争のわずか3か月前にナチス・ドイツポーランドに侵攻したことにより第2次世界大戦が開始されていた。このため、フィンランドは国際的な支援を求めるも当時の欧州諸国はどこも自国の防衛に手一杯で、支援をするだけの余裕はなかった。また、ソ連は各地の防空壕を空爆したりするなど、侵略の度合いを強めたので、フィンランドは結局、1940年3月に国境地帯をソ連に譲ることでモスクワ講和条約が結ばれた。こうして、冬戦争はソ連軍が多大な犠牲を出しながらも勝利することになった。

とはいえ、この講和条約の条件の過酷さにフィンランドの怒りは激しく、1941年にナチス・ドイツのアドルフ・ヒトラー独ソ不可侵条約を破棄して独ソ戦を開始すると、フィンランドはナチス・ドイツに属してソ連との戦いを再開した(継続戦争または第2次ソ連・フィンランド戦争)。

この冬戦争によるソ連軍の空爆で多くのフィンランド国民が死傷し、現在では空爆犠牲者を悼む記念碑も建てられている。また、ソ連軍はフィンランド軍の兵士を捕虜として強制収容所に送り、後に継続戦争を経て第2次世界大戦が終結するまで拘束したという。