六郷城
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六郷城(ろくごうじょう)とは、現在の秋田県仙北郡美郷町古館にかつて存在した日本の城である。
概要[編集]
建久年間(1190年から1199年)に、鎌倉幕府の初代征夷大将軍である源頼朝の命令で、二階堂帯刀がこの地を支配するようになる。その後、帯刀の孫である六郷範義が関東地方の六郷の地名をそのまま当地に名付けて、姓も二階堂から六郷に改姓して歴代の六郷氏当主が支配するようになった。築城に関しては永禄年間(1558年から1570年)と言われるが定かではない。
範義から数代を経た六郷政乗の時に関ヶ原の戦いがあり、その戦功によって六郷氏は常陸国に移封され、代わってそれまで常陸国を支配していた佐竹義宣が当地を支配するようになる。この際、義宣に既に家督を譲って隠居していた「鬼義重」こと佐竹義重は、六郷城の城跡に館を築いて隠居生活に入った。なお、義重の隠居館となったことから、佐竹義重公館跡ともいわれている。
なお、義重は隠居したといっても六郷の城下町の建設には尽力したといわれており、旧六郷町が町の規模の割に寺院が26と多いのは、義重が城下町の建設を行なった際に付近の村々から移したためといわれている。