麻田藩

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麻田藩(あさだはん)とは、江戸時代摂津国に存在した外様大名である。現在の大阪府豊中市に存在した。藩主家は外様大名青木氏

概要[編集]

青木重直の子である青木一重が、徳川家康から摂津国豊島郡兎原郡備中国後月郡小田郡浅口郡、及び伊予国において1万2000石を与えられて豊島郡麻田に陣屋を置いたのを起源とする。一重は弟の青木可直に2000石を分与したので、麻田藩は1万石となった。

一重の時代に陣屋を中心にした集落が築かれる。青木重兼の時代の寛永4年(1627年)に伊予国にあった所領を豊島・川辺郡に移された。青木重成の時代である延宝5年(1677年)に藩札の発行を開始。青木一貞の時代である寛政年間に藩校直方堂が創設された。

明治2年(1869年)、直方堂が文武局に改められた。同年、藩の領地があった有馬郡高平村小作騒動が発生している。

明治4年(1871年)、廃藩置県によって消滅した。

歴代藩主[編集]

青木家[編集]

外様 1万2千石→1万石 (1615年 - 1871年

  1. 一重(かずしげ)〔従五位下・民部少輔〕
  2. 重兼(しげかね)〔従五位下・甲斐守〕
  3. 重正(しげまさ)〔従五位下・甲斐守〕
  4. 重矩(しげのり)〔従五位下・甲斐守〕
  5. 一典(かづつね)〔従五位下・甲斐守〕
  6. 一都(かづくに)〔従五位下・出羽守〕
  7. 見典(ちかつね)〔従五位下・内膳正〕
  8. 一新(かづよし)〔従五位下・美濃守〕
  9. 一貫(かづつら)〔従五位下・甲斐守〕
  10. 一貞(かづさだ)〔従五位下・甲斐守〕
  11. 重龍(しげたつ)〔従五位下・駿河守〕
  12. 一興(かづおき)〔従五位下・美濃守〕
  13. 一咸(かづひろ)〔従五位下・甲斐守〕
  14. 重義(しげよし)〔従五位下・民部少輔〕