神流川合戦記
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神流川合戦記(かんながわかっせんき)とは、神流川の戦いに関する史料である。
概要[編集]
著者・成立年代[編集]
成立も著者も不明。ただし、木部貞朝をやけに賛美しているため、木部氏の関係者が書いた可能性がある。
内容[編集]
天正10年(1582年)6月に行われた神流川の戦いについて書いた記録である。ただし、全く内容が信頼できない。
天正8年(1580年)に織田信長は毛利輝元と和睦し、北条氏政・氏直父子を討つために関東地方に主力を向けた。しかし北条軍の抵抗にあって侵攻は進まず、そのうちに信長が明智光秀に殺され、関東侵略を任されていた滝川一益は上野国から撤退する。しかも、武田信玄・勝頼父子が信長に降って、滝川の配下として奮戦して討ち死にというおまけつきである。勿論、全くの偽作である。