左右病
ドヤ顔で告げろ 代打小島 酷使贔屓左右病 やめろ福良
- オリ達心の叫び
左右病(さゆうびょう)とは、野球の監督が、相手選手の利き腕にこだわって選手起用を決めてしまうことを表す皮肉表現である。
概要[編集]
投手と打者の左右に関する相性については、一般的に以下のように言われている。
- 右投手vs右打者、左投手vs左打者(投打の左右が同じ) - 投手が有利
- 右投手vs左打者、左投手vs右打者(投打の左右が違う) - 打者が有利
このことから、相手チームの先発投手が左投げの際にはスタメンに右打者を起用したり、相手投手が右投手に交代した場合には代打として左打者を送る場面が多くみられる(その逆も同じ)。また守備でピンチを迎えた場合、相手チームの打者が右打ちのときに左投手から右投手に交代することが多い(その逆も同じ)。
これらはあくまで一般論であり、実際の采配には選手個人の調子や相性を見極めて選手を起用することが重要となる。しかし、左投手には右打者、右打者には右投手というように機械的に判断してしまう監督も存在する。左右の相性ばかりを先行させた選手起用をしてしまう監督の采配は、スポーツ誌やファンにより「左右病」として非難の対象となる。
打者起用と左右病[編集]
2005年、岡田彰布監督(阪神)は、ライトに桧山進次郎とシェーン・スペンサー、セカンドに藤本敦士と関本健太郎を併用。この起用を1年間守り通し、優勝した。2004年頃の岡田のインタビューによると、「それ以外に平等な方法が無い」(相性などをスタメンの指標にする場合チームに不協和音が起こる)という理由からで、結果は二の次の場合が多いという。岡田は強いタイガースを仕上げる使命を背負っており、こうしたチームではファンに左右病と揶揄されることとなっても、こうした起用法によってベテラン・若手、打者の左右を問わず平等な理由付けでチャンスを与える起用法が多くなる。
また、1998年の横浜ベイスターズも6番打者に佐伯貴弘、中根仁を併用し優勝している。
山本浩二(広島)や長嶋茂雄(巨人)も左右病と言われており、山本は対左打率の低くない浅井樹、森笠繁、長嶋は清水隆行を左投手が出るとスタメンから外し、元木大介などを起用していた。山本の場合も監督の力量とは関係なく、若いチーム、弱いチームほどこうした起用法が多くなってしまうと思われる(こうした起用法から抜け出るだけの若手が出てこない)。
巨人の原辰徳は、一時期前述の巨人清水をレギュラーに固定したが、彼も監督復帰後には左右病的な傾向を指摘されることが多い。これも2007年優勝を果たしたものの、現在も世代交代に着手していることを理由としているのだろう。
長嶋の場合も数回の優勝経験を持ちながら迷監督というイメージを植えつけられ、古葉竹識や野村克也と対比させられた監督である。彼らも実際には「左右病的な起用」をしていたと思われるが(野村などは実際に顕著である)、積み重ねられた既成事実などからファンは気にならなかったのかもしれない。
いずれにせよ、ここにあげた全ての監督の中軸打者は不動である(ボビー・バレンタインのように、「猫の目打線」で右打者を9人並べる戦術をとるような監督も存在する)。
投手起用と左右病[編集]
上記の山本や野村克也はワンポイント起用を乱発する傾向があるが、広島在籍時は78試合登板という当時のタイ記録を樹立したとはいえ、実際の防御率は5点台に近かった左のワンポイント投手菊地原毅が、オリックス故仰木彬に見出され、テリー・コリンズ監督の下で1イニングを任されセットアッパー的な立場で活躍した。
たしかに細かな継投が結果的に成功すると、ライトな視聴者にはまるで策略が成功したような印象を与えるのだろうが、こういった継投は前時代的になってきているという考え方が主流である。
とはいえ、阪神の『JFK』など左のワンポイント投手を使わず1イニングを1人の投手に任せる継投も主流となっているにもかかわらず、コントロールミスや相性でなく右投手が左打者に打たれたと批判する新聞社やファンも未だに数多い。
左右病監督同士の対戦事例[編集]
左右の相性はあくまで一般論であり、必ず当てはまるというわけではない。しかし、重度の左右病患者どうしが対峙すると、時に選手一人一人の左右の対戦成績というデータを超えた左右戦を展開する。
2015年5月29日のオリックス・バファローズ(森脇浩司監督)対広島東洋カープ(緒方孝市監督)戦での事例を以下に示す。単に左右の相性に拘るあまり、データで見ると不利になるように選手交代を行うという愚策を、あろうことか両軍の監督が続けざまに見せている。
- 広島の投手は左腕のマイク・ザガースキー(対右.167・対左.276)だった。
- オリックスは左打者の駿太の打席で、右打者の川端崇義(対右.265・対左.067)を代打に送った。
- 広島はこの代打に対し、ザガースキーに代わって右腕の永川勝浩(対右.281・対左.154)をマウンドに送った。
なお、川端の打撃結果は死球。オリックスはこの回無得点のまま試合に敗れた。
マスコミと左右病[編集]
2007年、巨人と中日とのクライマックスシリーズ(CS)第2ステージ第1戦、巨人は先発メンバーに清水(前述)と中日との天王山と呼べる試合でホームランを放った脇谷亮太の2人の左打者を起用。中日の先発投手は右の山井大介または朝倉健太と思われたが、左投手小笠原孝が先発。巨人はこの試合に大敗しているが、マスコミは申し合わせたように中日監督「落合の奇襲」などと賛美し、原を寸劇の間抜けな敵役のように誹謗することでCSを盛り上げている。
中日で先発出来る投手は投手のアクシデントなどで山井・小笠原しかおらず、事実は小笠原先発の可能性が高まっていたからこそ清水が起用され、実際にこの試合で清水は小笠原からヒットを放っている。また結局巨人は3連敗したものの、CS終了後に巨人の選手5人が手術を受けており、一部選手は走ることも困難だったことなど、さらに落合自身すら「あれは正攻法の範囲だった」と語っているなど、事実はほとんど語られていない。
当の原は試合後「新聞を信じたのがいけなかった」と情けないコメントで新聞報道に責任転嫁を図っている。
メンバー表を交換した原監督の顔色が変わった。中日先発は山井か朝倉の右腕どちらかと踏んでミーティングした。ところが、左の小笠原。「新聞を信じたのがいけなかった」「ビデオはみた」と篠塚打撃コーチは打ち明けたものの、今季の対戦は1度。情報不足は否めなかった。
「向こうの監督が老獪(ろうかい)になってきた。相手をほめますよ」。伊原ヘッドコーチはお手上げ。 — 引用元:先発予測外れ、情報不足にお手上げの巨人、原監督「新聞を信じたのがいけなかった」 産経ニュース、2007年10月19日(リンク切れ)