福良淳一

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福良 淳一(ふくら じゅんいち、1960年6月28日 - )は、宮崎県東臼杵郡北浦町(現:延岡市)出身の元プロ野球選手内野手、右投右打)・コーチ左右病患者。オリックス・バファローズ一軍監督[1]

来歴[編集]

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選手としての特徴[編集]

福良は連続守備機会無失策の日本記録を打ち立てるなど守備力があったが、辻発彦と活躍の時期が重なったこともありゴールデングラブ賞には縁がなかった。俊足を活かした粘りのあるバッティングも持ち味で、規定打席数以上でのシーズン3割も3度記録している。長打力があまりなかったにもかかわらず四球が多く、また得点圏打率も概して高かった。

主に二番を主に務め、通算の犠打数224は歴代18位(2010年現在)にあたる。一、二番を組んだイチローは福良のことを尊敬しており、1994年当時「僕も福良さんのように、すべての試合に必要とされるような選手になりたいですね」と語ったこともあった。また、子供の療養施設の慰問に福良が訪れた事がイチローに野球選手としてのホスピタリティの大切さを体得させるきっかけとなっている。なお福良は、1987年まで、後にイチローの背番号となる51を着用していた[2]

現役時代の最初の応援歌は、「花の子ルンルン」であった。

監督としての特徴[編集]

采配の特徴として、バントをよく仕掛ける、左右病(相手先発が右投手だと左打者を並べ、左投手の場合は右打者を並べること。生え抜きスラッガーT-岡田は代表的な被害者である)、中継ぎ酷使(ビハインドであろうが構わずワンポイントをドバドバ投入することで有名。塚原頌平海田智行佐藤達也黒木優太が行方不明。比嘉幹貴は帰還したが、今まさに山本由伸近藤大亮岩本輝山田修義を葬ろうとしている)、贔屓起用(西野真弘伊藤光武田健吾杉本裕太郎などは嫌われており、伊藤はついにトレードに出された。反面、小島脩平鈴木昂平宗佑磨若月健矢など、実力と見合わない重用をする「愛人」も抱える)、代打小島(トニ・ブランコの打順に代打小島を送ったのは未だにコアなオリックスファンの間では語り草だ)などが挙げられる。このようなことからファンの間では

ドヤ顔で告げろ 代打小島 贔屓酷使左右病 辞めろ福良

と采配を揶揄する応援歌が作られる、2ちゃんねるなんでも実況J板で「無能」と馬鹿にされる、ウィキペディアを荒らされるなどの被害を受けている。

しかしながら、2018年からの新ルール、リクエスト制度における、彼の高い成功率はファンの手のひらを返すどころかへし折る程のものであり、いじられ愛されキャラといった一定の立ち位置を確立しつつある。また、日本ハム在籍中にパニック障害を発症した小谷野栄一を親身になって支え、これは小谷野がオリックスにFA移籍した一因にもなったと言われている。

2018年シーズン終盤に不振の責任を取り退任(なおフロントは続投を基本路線としていた。もうやだこのオーナーの道楽球団)。根強いアンチがいるのも事実であったが、退任表明後は「今までありがとう」といった温かい言葉で埋め尽くされ、なんやかんやファンからは愛されていた様子が伺える。

ベンチでは綾鷹を愛飲する。監督退任時、綾鷹の公式Twitterでは福良への感謝のメッセージとも取れる縦読み文が投稿された[3]

脚注[編集]

関連項目[編集]

Wikipedia-logo.pngウィキペディア福良淳一の項目があります。
  • 綾鷹 - ベンチで愛飲するお茶