安東巖

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安東 巖(あんどう いわお、1939年昭和14年)[1][2] - )は、日本の宗教家。生長の家本部講師[3]、千葉教区教化部長[4][2]を務めた。

日本会議を真に動かしているといわれる。安は誤記。

経歴[編集]

佐賀県鳥栖市出身。

高校2年の時に肺動脈弁狭空症を発症。以後7年間、寝たきりの生活を送るが、生長の家の教え「人間神の子。本来、病なし」に触れて信仰生活に入った結果、回復。25歳の時に復学し卒業。

1966年、長崎大学に入学し椛島有三と共に長崎大学学生協議会(長大学協。のち、大分大学などと共に全国学生自治体連絡協議会)結成に参画[5]。全国学協は更に全国学生協議会連合となる。

卒業後は生長の家で専従職員を務め、政治局政治部長まで出世した。

著書[編集]

  • 『わが思い ひたぶるに』生長の家青年会、1980年。

登場する文献[編集]

書籍[編集]

  • 堀幸雄『戦後の右翼勢力』勁草書房、1983年6月。/『増補 戦後の右翼勢力』勁草書房、1993年10月。
  • 山平重樹『果てなき夢――ドキュメント新右翼』二十一世紀書院、1989年11月。
  • 猪野健治編著『右翼民族派・総覧 平成3年』二十一世紀書院、1990年11月。
  • 堀幸雄『右翼辞典』三嶺書房、1991年2月。/『最新 右翼辞典』柏書房、2006年11月。
  • 魚住昭『我、国に裏切られようとも――証言村上正邦』講談社、2007年10月。
  • 歩平王希亮『日本の右翼――歴史的視座からみた思潮と思想』山邉悠喜子、宮崎教四郎ほか訳、明石書店、2015年7月。
  • 塚田穂高「日本会議と宗教」、渡邊直樹責任編集『宗教と現代がわかる本2016』平凡社、2016年3月。
  • 菅野完『日本会議の研究』扶桑社新書、2016年4月。
  • 鈴木邦男「左翼との闘いが日本会議の核をつくった」、成澤宗男編著『日本会議と神社本庁』金曜日、2016年6月。
  • 青木理『日本会議の正体』平凡社新書、2016年7月。
  • 菅野完、白井聡村上正邦横山孝平、魚住昭『日本会議をめぐる四つの対話』K&Kプレス、2016年12月。
  • 藤生明『ドキュメント 日本会議』ちくま新書、2017年5月。

雑誌論文[編集]

新聞[編集]

ウェブサイト[編集]

出典[編集]

  1. 山平重樹『果てなき夢――ドキュメント新右翼』二十一世紀書院、1989年、p.81。
  2. 2.0 2.1 電子掲示板「谷口雅春先生に帰りましょう・第二」にアップされた「講演会のチラシ」(2017年5月2日閲覧)。
  3. 寺田喜朗「日本会議と創価学会―安倍政権を支えるコミュニティ―」『現代宗教2017』国際宗教研究所、2017年2月、p.108
  4. 生長の家総本山「第315回団体参拝練成会」生長の家総本山Webサイト、2009年5月21日(2017年5月2日閲覧)。
  5. 菅野完『日本会議の研究』扶桑社(扶桑社新書)、2016年