上杉の方

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上杉の方(うえすぎのかた、大永元年(1521年)? - 天文3年(1534年11月)は、戦国時代女性武田信玄の最初の正室。実名は不詳で一般的に上杉の方と言われている。

生涯[編集]

扇谷上杉家の当主・上杉朝興の娘。朝興の息子の朝定は大永5年(1525年)生まれであるため、恐らく朝定の姉に当たると思われる。

朝興は相模国北条氏綱関東地方南部の覇権をめぐって抗争しており、その氏綱と同じく敵対していた甲斐国武田信虎との連携を深めるため、信虎の嫡男である晴信(信玄)に娘を嫁がせた。いわゆる政略結婚であり、婚姻時期に関しては天文2年(1533年)と推定される。

天文3年(1534年)、上杉の方は妊娠するが難産だったため、母子ともども死去したという。この時、晴信は数えで14歳だったため、上杉の方も恐らくそれくらいの年齢だったと推定される。