グラストアリア合衆共和国

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グラストアリア合衆共和国とはマイクラ戦闘地帯 EBB戦線において建国されていた資本主義国である。この国は内戦によって樹立されたがすぐに崩壊した。

政治[編集]

資本主義民主主義的政策をとり社会主義国に対しては常に冷徹な態度をとり反社会主義強硬派として東側と西側のどちらもを驚かせた。またモグロー自由共和国独立後は経済援助などを行っていた。

外交[編集]

外交政策も社会主義国とは貿易停止などのことを行っており社会主義とは決別していた。しかしながら西側諸国とは良好関係を築き上げカナダル合衆連邦とはグラカ軍事同盟を締結しており年に一度合同軍事演習などを行い協力関係を持ち社会主義国軍事的威圧を行っていた。

領土[編集]

領土はまさにグラストアリア社会主義共和国連邦を二分割したような領土でありコソボ北マケドニアモンテネグロ・南セルビアアルバニアである。

公用語[編集]

公用語はセルビア語ロシア語であり、一時期はドイツ語が使われていた。

軍備[編集]

軍隊の総兵数としては自国軍が350万人・カナダル合衆連邦から派遣された義勇軍が115万人であり、総兵力は465万人に達した。

歴史[編集]

歴史は1995年。第一次グラストアリア内戦終戦から始まる。

1995年第1次グラストアリア内戦終戦後グラストアリア合衆共和国が成立した。

1997年資本主義国として独立を宣言した我が国は資本主義派の国との協調・不戦争を宣言。これに対してカナダル合衆連邦から、在留基地などを配備する代わりに国家承認を行うということでグラカ軍事同盟を締結した。

2000年ルポラス危機による国際緊張。グラストアリア合衆共和国側から演習中に誤ってグラストアリア社会主義共和国連邦に砲弾が着弾。これにより一部の部隊との国境紛争が起こったものの終結した。

2005年グラストアリア合衆共和国からグラストアリア社会主義共和国連邦に対してミサイルによる先制攻撃を敢行。第2次グラストアリア内戦が開戦した。

2008年グラストアリア合衆共和国は先制攻撃こそは行ったものの民衆からの批判等が膨れ上がりデモなどが発生した。このままだと国家転覆の恐れがあると判断した政府は停戦を表明し第2次グラストアリア内戦は終戦した。

2012年東日本大震災により多大な被害を被った大日本帝国へ経済援助を開始した。遅いという意見も上がったが国家の戦争による疲弊もあったためだと当時の大統領は演説していた。

2015年グラストアリア合衆共和国は第2次グラストアリア内戦で手に入れた捕虜を処刑するビデオを公開しグラストアリア社会主義共和国連邦に対して宣戦布告。この行為によって第3次グラストアリア内戦が勃発した。

2020年最初こそ有利に戦ったグラストアリア合衆共和国だったが次第に押し込まれ停戦を表明するもグラストアリア社会主義共和国連邦は破棄。全面降伏まで追い詰められ第3次グラストアリア内戦は終戦した。戦後処理により全土がグラストアリア社会主義共和国連邦に併合され崩壊した。グラストアリア地域は35年ぶりに統一された。