アレックス・ラミレス

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Baseball Pitcher.jpg アレックス・ラミレス Baseball Batter.jpg
基本情報
本名 アレキサンダー・ラモン・ラミレス
出身地 ベネズエラ
生年月日 1974年10月3日
選手情報
投球・打席 右投右打
守備位置 左翼手
身長 180 cm
体重 100 kg
所属チーム 横浜DeNAベイスターズ(監督)

アレキサンダー・ラモン・ラミレス(Alexander Ramon Ramirez , 1974年10月3日 - ) は、日本の元プロ野球選手、指導者である。2016年から横浜DeNAベイスターズで一軍監督として指揮を執ることになった。東京ヤクルトスワローズ読売ジャイアンツ、横浜DeNAベイスターズを経て、独立リーグ・BCリーグ群馬ダイヤモンドペガサスで引退した。「ラミちゃん」という愛称で親しまれている。

人物[編集]

ヤクルト時代[編集]

2000年オフにヤクルトスワローズと契約。「5番・右翼手」でのスタメン出場を確約されていたが右翼手の稲葉篤紀の守備を見せられ左翼手へのコンバートを申し出る。来日から2002年までは5番で起用されていたがロベルト・ペタジーニが移籍したことに伴い2003年からは4番を任されるようになる。 2007年に外国人選手として、また右バッターとして初めてのシーズン200本安打を達成。最終的にシーズン終了時には204安打に達しセントラル・リーグ記録となる。

同年オフ、契約更改時にラミレスは複数年契約を求めたが球団側は受け入れず自由契約となった。その後巨人、オリックスが接触したがラミレスは巨人を選択。巨人への移籍が決まった。巨人は嫌いなのに……

巨人時代[編集]

移籍1年目の2008年は主に4番で出場するようになった。4番としてチームのリーグ3連覇に貢献して、2008年、2009年の2年連続の最優秀選手に選出されている。

2011年は、打率・打点・本塁打数が来日以来最低の成績となった。2011年7月15日には試合を欠場してしまい、2004年8月8日から始まった連続試合出場記録は985試合連続出場で途切れた(外国人選手の連続試合出場しては歴代1位、日本人選手を含めると歴代8位)。しかし、飛ばないボールの影響で全体的に打者の成績が落ちていたこともあり、本塁打数はリーグ2位の23本と低いとまではいえない成績だった。契約最終年の2011年シーズン終わりをもって巨人を正式に退団した。

横浜DeNA時代[編集]

去就が注目される中で、12月8日に横浜DeNAベイスターズに入団することが発表され、翌年の2012年シーズンからクリーンナップとして起用されている。2012年7月5日、日米通算2000本安打(日本での安打は1914安打)を達成した。 2013年4月6日、東京ヤクルトスワローズ戦において、石川雅規からソロホームランを打ち、史上42人目となる2000本安打を達成。外国人選手としては初となる快挙だった。しかしその後打撃不振に陥り、チームの若手起用の方針もありスタメン出場の機会は激減。守備がネックでありながらスタメン出場して多く打席に立つことで調子を上げていくタイプであることが災いし、代打で調子を上げながらチームに貢献することも難しかった。そのため、9月に球団から引退勧告を受けた。

群馬ダイヤモンドペガサス時代[編集]

2013年オフ、球団からの引退勧告を固辞しBCリーグ群馬ダイヤモンドペガサスに移籍。打撃コーチ兼選手の契約だった。名球会入りを果たした選手が独立リーグに移籍することは珍しく、メディアから注目された。そのキャラクターと人気でチーム集客に大きく貢献したが、2014年限りで引退することを発表した。

引退後[編集]

2015年から群馬ダイヤモンドペガサスのシニアディレクターを務めている。同年6月にはオリックスバファローズの巡回アドバイザーに就任し、次期監督か?との噂もあったが9月末で退任。一部では2016年の同球団一軍打撃コーチ就任の打診もあったがこれを断ったとも報じられた。[1] 同年10月19日、最下位に転落した責任を取り退任した中畑清の後任として横浜DeNAベイスターズの監督に就任することが発表された[2]

DeNA監督時代[編集]

監督初年度となった2016年は巨人と2ゲーム差、優勝した広島東洋カープと19.5ゲーム差で69勝71敗の3位になり、球団では初めてのクライマックスシリーズに進んだ。クライマックスシリーズのファーストステージでは巨人に2勝1敗でファイナルステージに進出、ファイナルステージでは広島に4勝1敗で敗退した。

2017年は終盤で巨人と3位を争い、10月1日に巨人が阪神タイガースに4対5で敗れ、DeNAは広島に13対7で勝利したことから2年連続Aクラスが確定。順位は2位の阪神と4.5ゲーム差、優勝した広島と14.5ゲーム差で73勝65敗の3位だった。クライマックスシリーズのファーストステージでは阪神に2勝1敗、ファイナルステージでは広島に4勝2敗で、1998年以来の日本シリーズに導いた。日本シリーズでは福岡ソフトバンクホークスに4勝2敗で敗退。

2018年は一時リーグ首位に導いたが、最終的には巨人との3位争いで敗れ、3位の巨人と1.5ゲーム差、優勝した広島と15ゲーム差の4位に終わったが、シーズン終盤までAクラスを争った手腕が評価され、来シーズンも監督続投となることが発表された。

プレイヤー[編集]

首位打者1回、本塁打王2回、打点王4回、最多安打3回と主要な打撃部門のタイトルを複数回獲得しており、打撃面においての評価は高い。初球からも果敢に打ち込むプレースタイルから四球は少ない。

盗塁数が少ないことなどから、足が遅いと思われがちである。しかし、一塁到達タイムなどを見てみると右打者としては、足が速いとまではいえないまでも遅いというわけではない。実際、規定打席を超えた年の安打数のうち、内野安打が1割を超えていたケースもある。

守備面では守備範囲が狭く、弱肩であることから現役時代を通して評価は低かった。そのためヤクルト入団時と巨人、DeNAへの移籍時に守備の負担が少ない一塁手へのコンバートを試された経験を持つが、いずれも適性が無いと判断され、実戦で一塁手として起用されることは無かった。

通算成績[編集]

  • NPBでの成績のみ
年数 出場試合数 通算打率 通算打数 安打数 本塁打数 打点数 得点数 三振数 盗塁数 四球数 死球数
13年 1744 .301 6708 2017 380 1272 866 1259 20 308 75

[3]

その他の記録

  • 8年連続100打点 ※日本記録
  • NPB通算2000本安打 ※外国人選手では唯一
  • 全球団から本塁打 ※史上9人目

獲得タイトル[編集]

表彰[編集]

注釈[編集]

外部リンク[編集]