アブー・バクル・アル=バグダーディー

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アブー・バクル・アル=バグダーディー1971年7月28日 -2019年10月26日)は、サラフィー・ジハード主義組織ISILの指導者、カリフ(自称、イスラム社会を含め国際社会で承認する動きはない)。別名はアブー・ドゥア。イスラム教スンニ派を信奉。

来歴[編集]

イラク中部サマラの貧しい家庭に生まれる。預言者ムハンマドゆかりの部族・バドリの出身とされる。幼少期は当時を知る住民の証言などから、過激な思想など持っていないサッカー大好き青年だったという。ところが1992年首都バグダッド大学に進学してから、歪んだイスラム過激思想に徐々に傾倒していったとされ、2004年12月にはイラク南部の米軍拘束施設キャンプのブッカに1年間収容され、収容者仲間から過激な思想を受けていくことになった。このため、「ブッカがバグダーディーを生んだ」と専門家は指摘している。

彼は非常に頭がよく、修士・博士課程でシャリア(イスラム法)の知識を学び、それを生かして頭角を現してゆき、2010年には国際テロ組織アルカイダ系勢力「イラク・イスラム国」の指導者に上り詰めたという。従来のイスラム過激派は大抵、実戦経験を持つ武闘派であった中で、彼は異例の学者肌の指導者で、実戦経験は乏しかったという。過激派の中でも代表格だった国司テロ組織・アルカイダの流れを汲んでいたが、アルカイダ指導部と次第に相容れぬようになって決裂。イスラム国は外国人の人質を殺害する映像をたびたび公開し、キリスト教徒や同じイスラム教徒のシーア派に対する虐殺を繰り返した。このように世界各地でテロ作戦を実行する中で、シリアとイラクで実効支配する領土の確保を重視した政教一致国家の樹立を宣言し、バグダーディーを頂点とした独自の統治システムを構築。2014年には内戦中のシリアに進出して「イラク・シリアのイスラム国」に改称し、さらに同年6月には政教一致国家「イスラム国」(IS)の樹立を宣言し、自らを世界のイスラム共同体を率いるカリフと位置付けた(ただし、世界からはほとんど承認されていない)。

2015年5月には音声声明を公表し、「全てのイスラム教徒よ。進軍せよ。これは神への義務だ」と煽り立てたりしている。

しかし次第にアメリカを主力とした国際的な反攻が始まる。一時は世界のイスラム教徒に呼び掛けて8万人を超える戦闘員を抱えていたイスラム国も、2017年10月にはバグダーディーが首都と称したラッカが陥落して以降、支配地域を次第に喪失してゆくことになる。2019年10月26日夜、アメリカ軍の特殊部隊がトルコ国境まで約5キロのイドリブバリシャ村で軍事作戦を開始し、バグダーディーの隠れ家がその作戦で急襲されることになった。アメリカの発表によると、トンネル内で追い詰められたバグダーディーは自爆ベルトを起爆し、それに巻き込まれる形で3人の息子とともに死亡したとされる。この作戦でイスラム国の幹部など9名が死亡した。48歳没。