玉田美治
玉田 美治(たまだ よしはる、1932年8月23日[1] - 1980年6月20日)は、マルクス経済学者。
経歴[編集]
岐阜県可児郡可児町(現・可児市)生まれ。岐阜県立東濃高等学校を経て、1956年東京大学経済学部卒業。1962年東京大学大学院社会科学研究科博士課程単位取得退学。日本経済の現状分析に関心を持ち、学部在学中は大内力に師事したが、大内のすすめで理論コースの大学院に進学し、修士・博士課程はマルクス経済学原理論の研究に従事した。1962年経済企画庁に入庁[1]、調査局に配属[2]。EEC諸国の経済政策、経済統計調査などの研究に従事。1965年1-2月渡欧。経済企画庁の『世界経済白書』などに執筆し、大内力らが編纂を始めた平和経済計画会議の『国民の経済白書』の作成にも参加した。1966年信州大学人文学部助教授、1977年教授、1978年経済学部教授。経済企画庁のエコノミストとしてフランスを中心としたヨーロッパ経済の専門家として知られるようになり、「アメリカ国家独占資本主義」(大内力編『現代資本主義の運命』東京大学出版会、1972年)で世界経済論の理論的、実証的研究者として知られるようになった[1]。
1980年6月20日、食道がんのため死去、享年47歳。宇野弘蔵監修『講座 帝国主義の研究(全6巻)』(青木書店)の第5巻に収録予定の『フランス資本主義』を執筆中だった[1]。玉田の遺稿は友人で講座の共著者でもあった戸原四郎が編集して完成を目指し、2004年の戸原の死去後はその妻のつね子が作業を引き継いだ。2006年に『フランス資本主義――戦間期の研究』(戸原四郎、戸原つね子、工藤章編)として戸原の『ドイツ資本主義――戦間期の研究』(工藤章、藤澤利治編)とともに桜井書店から同時刊行された[2]。
著書[編集]
主な論稿[編集]
- 「第七章 エネルギー政策の変遷と当会」(『経済団体連合会十年史 下巻』経済団体連合会、製作:中央公論事業出版、1963年)[1]※記名なし。
- 「貨幣と資本――マルクス信用論の二規定」(鈴木鴻一郎編『信用論研究』法政大学出版局、1961年、新装版1971年)
- 「ドゴール政権の安定的成長政策・フランス――欧米諸国の景気政策-2-」(『経済評論』第14巻第1号、1965年1月)
- 「EECと農業問題」(『思想』第497号、1965年11月)
- 「ドゴールの経済政策とその破綻」(『経済構造』1968年9月号)
- 「アメリカ国家独占資本主義」(大内力編『現代資本主義の運命』東京大学出版会[UP選書]、1972年)
- 「国家独占資本主義へのフランスの道」(日高普、大谷瑞郎、斎藤仁、戸原四郎編『マルクス経済学――理論と実証 大内力還暦記念論文集』東京大学出版会、1978年)