朝倉景胤

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朝倉 景胤(あさくら かげたね、? - 天正3年(1575年8月)は、戦国時代武将朝倉氏の一族で家臣。後に織田氏家臣

生涯[編集]

父は朝倉景連。はじめ朝倉義景に仕えるが、天正元年(1573年)に朝倉家が織田信長に滅ぼされると、信長に降伏して家臣となる。その後は同じ朝倉一族の朝倉景健と行動を共にし、天正2年(1574年)の越前一向一揆で一揆方に加担して信長に背いた[1]

そのため、天正3年(1575年)8月に信長の大規模な越前侵攻にあうと、一揆方と抗戦するも捕縛されて処刑された[1]

脚注[編集]

  1. a b 『織田信長家臣人名辞典』(第2版)吉川弘文館2010年。P24

参考文献[編集]