小柳徹

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小柳 徹(こやなぎ とおる、1948年昭和23年〉8月18日[1] - 1969年〈昭和44年〉3月24日[1])は、日本俳優歌手タレント[1]。本名、小柳 徹(こやなぎ とおる)[2]。筆名、久遠寺 弦。愛称は、トオルくん[3]

神奈川県横浜市金沢区出身。関東学院付属小学校関東学院中学校高等学校を経て関東学院大学経済学部2年に在学中だった[3][2][4][5]。童話作家の小柳澄江は実母[2]

略歴[編集]

父は建設業[2]。一人っ子[6][2]

NHK東京放送児童劇団に入団し1954年(昭和29年)11月8日、NHK『お話しでてこい』で子役として芸能界にデビュー[2][7]。代表作には『コロの物語』、『ホームラン教室』、『善太と三平』、『ゲンと不動明王』、『鳩の橋』、『ヤング720』。

1961年(昭和36年)に映画『ゲンと不動明王』に主役ゲンを演じアイドル的人気となる[2][8]

1962年(昭和37年)4月フール・プール・プロダクションに移籍[2]

1968年(昭和43年)9月5日、シングル「真夜中の並木道」でCBSソニーより歌手デビュー[9]

1969年(昭和44年)3月24日未明、神奈川県川崎市第三京浜国道下り坂で、小柳自身が運転するトヨタ・コロナが、コンクリート中央分離帯に激突、3回も向きを変えるほどの衝撃を受けた後、再びガードレールに接触、その弾みで車外に投げ出され出血多量による自動車事故により死去[1]。20歳没[1]TBSテレビ情報番組『ヤング720』水・木曜担当司会を1968年(昭和43年)4月25日から1969年(昭和44年)死去直前の3月20日までに務めていた。墓所は鎌倉霊園[8]

出演[編集]

テレビドラマ[編集]

映画[編集]

ラジオ[編集]

ラジオドラマ[編集]

その他のテレビ番組[編集]

  • ヤング720(1968年 - 1969年、TBSテレビ)司会(水・木曜担当)

音楽[編集]

シングル[編集]

  • ホームラン教室の歌(1959年) - 主演ドラマ『ホームラン教室』主題歌。
  • 俺あ三太だ(1961年) - フジテレビ系ドラマ『三太物語』主題歌。
  • 真夜中の並木道(1968年)
  • 二人だけの帰り道(1969年)

オムニバス[編集]

  • マンガ童謡集 ほがらか一家さぼくのうち(1960年)語り手

脚注[編集]

  1. a b c d e 田多井吉之介「バイオリズムでわかるあなたの『要注意日』」、『新評』第16巻第7号、新評社、1969年6月、 167頁。
  2. a b c d e f g h 若山昭七「現代の主役――(19)小柳徹」、『新週刊』第2巻第27号、新週刊社、1962年6月、 ページ番号なし。
  3. a b (1960年) オムニバス『マンガ童謡集 ほがらか一家さぼくのうち』のアルバム・ノーツ, p. ページ番号なし [カバー]. 東京都: キングレコード (KH-46).
  4. 「TV特集/新春テレビ指定席」、『平凡』第22巻第2号、マガジンハウス、1966年2月、 159頁。
  5. 「出しゃばり全調査=学生スターの進学進級レポート」、『明星』第18巻第4号、集英社、1969年4月、 96頁。
  6. 「(映画・テレビスポーツ音楽)エピソード・コーナー」、『中学生の友 1年』第38巻第8号、小学館、1961年11月、 92頁。
  7. 「ラジオルーム」、『平凡』第11巻第2号、マガジンハウス、1955年2月、 242頁。
  8. a b 自動車型の墓”. 日本の墓. 著名人のお墓. 亘徳. 2023年2月18日確認。
  9. 『平凡』1968年10月号(マガジンハウス)。
  10. 善太と三平物語 風の中の子供 - KINENOTE
  11. NHK教育部「幼児の時間番組と解説」、『放送教育』第9巻第8号、日本放送教育協会、1954年11月、 39-40頁。
  12. 「外野席」、『法政文学』復刊2第10号、法政文学会、1957年9月、 36頁。

外部リンク[編集]