大日本帝國運輸逓信省米坂線
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大日本帝國運輸逓信省米坂線(だいにつぽんていこくうんゆていしんしやうよねさかせん)は、奥羽本線米澤駅より羽越本線坂町駅に至る運輸逓信省の鉄道路線 (地方交通線)である。
概要[編集]
駅一覧[編集]
驛名 | キロ数 | 接続路線 |
---|---|---|
米澤驛 | 0.0 | 奥羽本線 |
南米澤驛 | 3.1 | |
西米澤驛 | 6.5 | |
成島駅 | 9.6 | |
中郡駅 | 12.5 | |
羽前小松驛 | 16.9 | |
犬川駅 | 19.4 | |
今泉駅 | 23.0 | 長井線 |
萩生駅 | 27.3 | |
羽前椿驛 | 30.1 | |
手ノ子駅 | 34.7 | |
羽前沼澤驛 | 43.9 | |
伊佐領駅 | 50.0 | |
羽前松岡驛 | 54.7 | |
小國驛 | 58.3 | |
玉川口駅 | 63.6 | |
越後金丸駅 | 67.8 | |
越後片貝駅 | 73.1 | |
越後下関駅 | 79.7 | |
越後大島駅 | 83.5 | |
花立駅 | 86.2 | |
坂町駅 | 90.7 | 羽越本線 |
運用[編集]
羽越本線、奥羽本線との直通運転を行い、東北地方の広域運用を行つた。
- 昭和43年10月1日日本国有鉄道ダイヤ改正では、急行列車二往復、普通客車列車四往復運転
宮脇俊三の終戦[編集]
- 1940年3月5日-雪崩によって橋梁崩落。
- 1945年8月15日、後に、中央公論社常務、作家となる宮脇俊三は米坂線の普通列車に乗車していた。当日正午に全國民は畏れ多くも天皇陛下の放送聞くよう指示を受けていたが、正午に至っても汽車は止まらず走っていた。大東亜戦争での大日本帝国の勝利を信じて、勾配区間での引き出しが不可能なために止めるわけにはいかなかった。
並行する道路[編集]
参考文献[編集]
- 時刻表復刻版1968年10月号JTBパブリッシング2021年11月1日初版発行。