加藤段蔵

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加藤 段蔵(かとう だんぞう、生没年不詳)は、戦国時代忍者である。架空の人物説もあったが、同時代の史料もあり実在の可能性もある。なお、名に関しては加当 段蔵とも書かれている。

概要[編集]

加藤段蔵に関しては永禄年間に活躍していたという記録がある。『北条五代記』の著者である浅井了意が『御伽駹子』で記しているところによると、風魔小太郎を頭領とする風魔一党の出身であるという。そのため、相模国を出身地とする可能性が高い。

加藤ははじめ、上杉謙信に仕官しようと越後国春日山城下に現れ、そこで牛を一頭、頭から丸呑みにしてみせる呑牛術を披露して評判になり、謙信から拝謁を許されたという。なお、呑牛術に関しては一種の集団催眠によるものではないかと推測されている。謙信は加藤の忍術を優秀さを見て、これは雇うより危険すぎると感じて殺そうと考えた。そこで加藤に得意の跳躍術で塀を飛び越えるように命じた。塀の影には槍を持った手練の武士を配置しており、着地と同時に串刺しにする計画だったという。しかし加藤は命令に応じて跳びあがったところでこれを察し、空中で方向を変えて別の方向に下り立つと、そのまま逃走したという。この跳躍に関しては幻術の応用がなされていたのではないか、と推測されている。

次に上杉謙信の宿敵である甲斐国武田信玄に仕官しようと甲府に現れた。信玄も加藤の忍術を見て使うより殺そうと考え、家臣の中でも指折りの剣術の達人に隙を見て斬り殺させた、あるいは鉄砲で射殺させたという。

信玄の死去は元亀4年(1573年)であるため、少なくともこれより前には殺されていることになる。

信玄や謙信が加藤を殺そうとしたのは、その優れた忍術で自分を殺そうとした場合を恐れてのこととされている。身体能力や催眠術、幻術、そして跳躍力に優れていたことから「飛び加藤」とも称されたという。

登場作品[編集]