ドナルド・ラムズフェルド
ドナルド・ヘンリー・ラムズフェルド(英語: Donald Henry Rumsfeld、1932年7月9日 - 2021年6月29日)は、アメリカ合衆国の政治家。ジェラルド・R・フォード政権にて第6代大統領首席補佐官、国防長官、ランド研究所会長を歴任した。ジェラルド・R・フォード、ジョージ・W・ブッシュ政権にて国防長官をそれぞれ務めた。アメリカ新世紀プロジェクトのメンバーでもあり、イラク戦争ではジョージ・W・ブッシュ政権内で終始強硬な攻撃論を主張した。
経歴[編集]
アメリカ中西部イリノイ州出身。プリンストン大学を卒業後、海軍に入隊する。1962年に30歳でイリノイ州選出の連邦下院議員に当選し、ニクソン政権下で大統領補佐官や北大西洋条約機構(NATO)の大使を歴任した。
フォード政権下では大統領首席補佐官などを歴任し、1975年に国防長官に就任したが、これは43歳という最年少であった。2001年1月にブッシュ政権で2度目の国防長官に就任。同年9月11日にアメリカ同時多発テロが発生すると、チェイニー副大統領らと世界規模の対テロ戦争を推進する。日本を含めた在外米軍基地の再編、軍装備近代化など大幅な軍改革にも取り組んだ。2003年には米軍普天間飛行場を上空から視察した際に「世界で一番危険な米軍施設」などと発言した。イラク戦争を推進し、それに抵抗するドイツやフランスなどを古い欧州と批判し、テロの頻発や米兵の犠牲者増加などで泥沼化する戦争に批判が自身に集中することになる。2006年11月の中間選挙で共和党が大敗したため、国防長官を辞任した。
晩年は多発性骨髄腫を患っていたとされ、2021年6月29日にアメリカ西部のニューメキシコ州の自宅で死去した。88歳没。
ネオコンの守護者として冷戦思考を引きずる米軍を世界各地の局地戦に即応できる体制を改革した人物として評価されている。
著書[編集]
- Strategic Imperatives in East Asia, (Heritage Foundation, 1998)
- Rumsfeld's Rules: Collected Wisdom for a Good Life (Free Press, 2002)
- Known and Unknown: A Memoir, (Sentinel HC, 2011)
外部リンク[編集]
- Secretary of Defense Donald Rumsfeld(ホワイトハウスサイト内)(英語)
- Official Web Site of the U.S. Department of Defense (英語)
- ラムズフェルド、ドナルド・H
- 「米国防総省の機密解除文書がデータベースに。ラムズフェルド機密メモ」(紀伊国屋書店営業総本部)