インドネシア

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インドネシア共和国
Republik Indonesia
インドネシア国旗.png
インドネシア国旗
首都ジャカルタ
公用語インドネシア語
建国1950年8月15日
通貨インドネシア・ルピア
面積値約192万km2

インドネシア共和国(インドネシアきょうわこく)は、東南アジアにある共和国。漢字で表記すると印度尼西亜。なお、印はインドの略称のため、尼と略される。

概要[編集]

面積は1,919,440km²と世界第15位の面積を誇る。人口は世界第4位の多さ。首都は、ジャワ島ジャカルタ

海洋ではパラオ共和国インド共和国フィリピン共和国シンガポール共和国オーストラリア連邦と接している。陸上では、それぞれ島でマレーシア東ティモール民主共和国パプアニューギニア独立国と接する。

親日国とされて紹介される事が多い。

東南アジア諸国連合の本部がある。

インドネシアの国旗は、横2分割の色で、上半分が赤、下半分が白で、モナコの国旗と同じである。

主な歴史[編集]

スンバワ島タンボラ山があるが、この山が1815年4月10日に有史以来最大規模の大噴火が発生し、それによる同島の死者は噴火による飢餓や疫病を含めて10万人前後、火山灰による被害は地球規模の気象にも影響して、翌年の1816年の無い年と呼ばれる大影響を与えた。
  • 1942年
    • 2月 - 太平洋戦争により日本軍がジャワ島に上陸。オランダの植民地支配が崩壊する。
  • 1945年
    • 8月15日 - 日本敗戦
    • 8月17日 - オランダが再度植民地化計画を進めようとするが、それに反対する勢力との間でインドネシア独立戦争が始まる。
  • 1949年
    • 12月 - ハーグ協定 (1949年)によりオランダがインドネシア連邦共和国の独立を承認し、独立戦争集結。(単一のインドネシア共和国になるのは1950年8月15日)
  • 1950年代
オランダから独立後の1950年代から60年代半ばまで、スカルノがインドネシアの初代大統領として権力を握った。
スカルノの大統領失脚後に権力を握ったスハルトは、1998年まで息災的な政治を行う。開発独裁と呼ばれた手法で権力を掌握し、東チモールなどの独立運動を抑え込んだ。
スハルト退陣後は、複数政党制による選挙が行われ、民主化が進んでいく。

外部リンク[編集]