馬の毛色
馬の毛色(うまのけいろ)は、馬の体の色、模様のことで、鹿毛、黒鹿毛、青鹿毛、栗毛、栃栗毛、尾花栗毛、芦毛(鹿毛芦毛、栗毛芦毛)、青毛、佐目毛、河原毛、粕毛、月毛(パロミノ)、アパルーサ、白毛、粕鹿毛等がある。
本来野生動物であった馬は、元々単一の毛色を持っていたと考えられ、アジアに生息していた野生馬は全て鹿毛であったが、馬が家畜化された頃より毛色に対する淘汰圧が下がり、変異が蓄積されることで様々な毛色ができていった。毛色によって競走能力等特性、性格等に有意な差は生じないが、野生状態では天敵から、戦場では敵軍から見つけられる確率は毛色によって変わる。また、馬によっては交配相手に特定の毛色を好む場合もある。サラブレッドにおいては鹿毛、栗毛、黒鹿毛、芦毛、青鹿毛の順に多い。栃栗毛、青毛はまれで、白毛、月毛、粕鹿毛も極めてまれに認められる。
各毛色の特徴[編集]
鹿毛[編集]
- 鹿毛(かげ、Bay)
栗毛[編集]
- 栗毛(くりげ)
- 全身が褐色の毛で覆われている。サラブレッドでは鹿毛の次に多く、約24%を占める。
黒鹿毛[編集]
- 黒鹿毛(くろかげ、Dark Bay)
- 黒みがかった鹿毛。サラブレッドでは鹿毛、栗毛についで多く、約14%を占める。
芦毛[編集]
- 芦毛(葦毛、あしげ、Gray、en)
- 灰色の毛色。サラブレッドでは約7%を占める。生まれたときは灰色や黒、もしくは母親と同じ毛色であったりするが、年を重ねるにつれ白くなっていく。また、競走能力には影響はない。
- 高齢になると、芦毛ゆえの黒色腫と呼ばれる腫瘍(人間で言うところの、皮膚癌(ひふがん)に当たる)の発症率が高くなることが知られている。この腫瘍は基本的には良性だが、悪性化し死亡に至ることもある。シービークロスは、これを発症し死亡。オグリキャップは、発症するも手術成功の甲斐が有り救われた。
- 芦毛は白馬として珍重されたが、この特殊な癌の発症率が高いことや、軍馬としては敵に見つかりやすい等の弱点のためサラブレッドでは排斥された歴史もあり、20世紀初頭には殆ど見られなくなっていた。その後ザテトラークとその父ロアエロド等の活躍により勢力を回復したため、サラブレッドにおいては殆ど全ての芦毛馬がロアエロドを祖としている。血統書で可能な限り遡ると、オルコックアラビアン、又はブラウンロータークまで遡ることができる。
青鹿毛[編集]
- 青鹿毛(あおかげ、Brown)
- サラブレッドでは2-3%を占める。黒鹿毛より黒く全身ほとんど黒色、鼻先や臀部など部分的にわずかに褐色が見られる事もある。大種牡馬サンデーサイレンスも、この毛色。
青毛[編集]
- 青毛(あおげ、Black)
- 全身真っ黒の最も黒い毛色。季節により毛先が褐色を帯び青鹿毛に近くなることがある。個体数が少なくサラブレッドでの出現頻度は1%以下で、白毛、月毛等を除けば最も少数派である。マークオブディスティンクション、シーザリオ、シックスセンス等がいる。
栃栗毛[編集]
- 栃栗毛(とちくりげ、Dark Chestnut)
- サラブレッドでの出現頻度は1%以下で、青毛の次に少ない。両親ともに栃栗毛の場合子も必ず栃栗毛になる。栗毛よりもやや暗い毛色で、鹿毛にかなり近い場合もある。長毛は一般的に薄い色だが濃い色の個体もあり、鹿毛に近い場合は、脚も茶色になっていることから区別が付く。(鹿毛は脚の毛が黒い)。サッカーボーイ、サクラローレル、マーベラスサンデー等がいる。
尾花栗毛[編集]
- 尾花栗毛(おばなくりげ)
- 尾花栗毛とは、栗毛馬のうちタテガミ、尻尾が金色のものをこう呼ぶ。一般的に見栄えがよいとされる。登録上栗毛との区別はない。ゴールドシチー、トウショウファルコ等がいる。また、タイキシャトルも現役時代はそれほどはっきりはしなかったが尾花栗毛である。
白毛[編集]
- 白毛(しろげ、White)
- 全身の白い毛と肌が特徴で、出現率は非常に稀。日本ではサラブレッドと同系種、アングロアラブを合わせても過去16頭(突然変異6頭、遺伝10頭)が生まれているのみで、世界に目を向けてもこれまでに数十頭しか生まれていない程貴重な毛色。このため競馬場などでもめったにお目にかかれず、伝説の毛色とまで言われることもある。よく誤解されることだが、白毛はアルビノではない。いくらかの色素を持ち、目は青色、毛にも有色毛が混じることがある。さらに、白毛は優性遺伝であるが、アルビノは劣性遺伝であり遺伝方式も異なる。また、白毛馬は虚弱傾向が強く出るといわれ、大成しないとされている(ただしサンプルが少なく結論は出ていない)。日本では、地方競馬(大井競馬)でハクホウクンが初勝利を挙げるまで白毛の勝ち馬は現れていなかった(その後中央競馬でもホワイトベッセルが初勝利を成し遂げた)。なお海外では活躍例があり、1922年のプール・デッセ・デ・プーラン(仏2000ギニー)勝ち馬モントブランク(モンブラン)は白毛説がある(登録上は栗毛)。また1963年生まれのモントブランク(前述の馬と同名、こちらは登録も白毛)はステークスに勝利し繁殖牝馬としても白毛を僅かながら広めた。
- 1896年アメリカで生まれたホワイトクロスが記録上初めての例で、この馬は両親が栗毛と青毛である。これは両親どちらかが芦毛でないと生まれない芦毛とは大きく違い、突然変異によって生まれることを示している。日本のハクタイユーや、シラユキヒメも両親ともに白毛ではなく突然変異によって生まれている。また、両親どちらかが白毛でも生まれることがあり、日本最初の白毛馬ハクタイユー(1979年生まれ)はミサワボタン等これまでに5頭の白毛馬を輩出している。
- 同じく白い芦毛馬との相違点は、芦毛の肌は黒くその上に白い毛が生えているのに対し、白毛馬はピンク色の肌に白い毛が生えている。また、芦毛は生まれたときは灰色や黒、もしくは母親と同じ毛色であったりするが、白毛は生まれたときから全身が真っ白である。
佐目毛[編集]
- 佐目毛(さめげ、Cremello)
- 全身が真っ白か象牙色。肌の色はピンク。目は青。日本では北海道和種にまれに見られる程度で稀少。吉兆とされ、神社に奉納されることもあった。特に白い個体の場合一見して白毛に見えるが、微妙にクリームが掛かっており白毛とは異なる。
河原毛[編集]
- 河原毛(かわらげ、Buckskin、en)
- 体は淡い黄褐色か亜麻色で四肢の下部と長毛は黒い。北海道和種等にみられる。
月毛[編集]
- クリーム系の色。長毛は金髪になる場合もある。色は個体によって差異が大きく、白毛や佐目毛に近くなることもある(この場合目の色で判断できる)。サラブレッドには基本的に存在しない毛色とされていたが、近年アメリカ、ドイツ等で認められた。これらは何れも1966年に突然変異の結果生まれたミルキー(Milkie)の血を受け継ぐものである。勢力を増しており、河原毛や佐目毛、さらには白毛馬と交配されて白毛と月毛のまだら模様の馬も生まれているが、乗馬目的での生産が主であり競馬で好成績を残したものはまだない。その他、上杉謙信の愛馬、放生月毛等が有名。
- Sato(英語 月毛のサラブレッドで、しかもぶち毛まで持っている)
- [1](Thoroughbred Pedigree Database、マジカルゴールドダストとその祖先の写真、白毛馬(w)と月毛馬(pal)を多く持っている)
粕毛[編集]
- 粕毛(かすげ、Roan、en)
- 原毛色の地に、肩や頸、下肢等に白い刺毛が混生する。原色毛によって栗粕毛、鹿粕毛、青粕毛と表記することもある。加齢によって刺毛は増加するが、芦毛と違い白くはならない。
ぶち毛[編集]
- 駁毛(ぶちげ、tobiano)
- 体に大きな白斑のあるもの。原色毛によって栗駁毛、鹿駁毛、青駁毛と表記され、白斑が体の多くを占めるとき駁栗毛、駁鹿毛、駁青毛という。後述のアパルーサもぶち毛の一種である。
アパルーサ[編集]
- 主にアルパーサという品種の持つ毛色(アパルーサ種以外にもこの毛色を持つ馬は存在する)、独特の斑点が特徴。コートパターンは白地に黒ないし茶の斑点のあるLEOPARD、臀部の色だけ異なるBLANKET、濃い地色に白く細かい斑点のあるSNOWFLAKEなどがある。
ピント[編集]
- ペイントホース(Pinto horse、en)。
- 日本では一般的に「まだら馬」と呼ばれる。ペイントホースの毛色を表す言葉は「ピント」が一般的である。アメリカンペイントホースという種類の馬がいるが、その他多種にわたりこの毛色は現れる。コートパターンは茶毛の地に白い斑紋のTOVIANO、その逆のOVEROなどがある。
ベンドア斑[編集]
- ベンドア斑点(バードキャッチャー斑点)は、馬の皮膚に生じる比較的小さな斑点のこと。どの品種にも出るが、出現率はサラブレッドで比較的高い。この斑点を持つ馬は出生時から大豆~卵大の白い斑点を体の複数箇所に持つ。年を経るに従って変化する場合も稀にある。
- 著名な馬としてパンタルーン、ベンドア、ストックウェル、ザテトラーク、ムムタズマハル、バードキャッチャー、サーハーキュリーズ等の19世紀から20世紀初頭のイギリス名馬が多数挙げられるが、現在の日本での出現率は低い。上記の馬は近い血縁関係にあるため(ムムタズマハルの父がザテトラーク、その母の父父がベンドア、その祖父がストックウェル、その更に祖父がバードキャッチャーでその父がサーハーキュリーズ等)遺伝するとされたが、実際に調べてみると明確な遺伝法則が見つけられず、原因は今もってよく分かっていない。
遺伝法則[編集]
ここから遺伝法則について述べる。
白毛[編集]
白毛遺伝子:Wは他の全ての遺伝子の働きを抑えるため、白毛遺伝子を持つと、他の遺伝子が何なのかに関わらず全て白毛になる。白毛は突然変異によっても生じることがあり、この場合にはwがWに変異していると考えられる。ぶち毛との関連性も指摘されている。白毛遺伝子は致死遺伝子で、ホモ接合型WWになるとその個体は胎児のうちに死亡する。このため白毛同士の配合は危険で、両親共に白毛のミサワボタンの例は貴重である(メンデルの法則により、両親とも白毛の場合、死に至る確率は4分の1である)。
芦毛[編集]
芦毛遺伝子:Gは、色素を体毛から除く作用があるため、芦毛遺伝子を持つ個体は全て芦毛になる。例外的に白毛や、佐目毛遺伝子をホモで持つ場合には毛も肌も元々白いので芦毛にはならない。同様にぶち毛の白部分に対しても無効であり、芦毛と白毛のぶちになったりする。
芦毛が生まれるには、親のどちらかが芦毛である必要がある。また、稀に芦毛遺伝子がホモ接合型GGになっているホモ芦毛と呼ばれる馬がおり、日本輸入のメンデスなどがそれである。
ぶち毛[編集]
ぶち毛遺伝子:TOを持つと原色毛の上に白のまだら模様が描かれる。ぶち毛遺伝子は幾つか種類が存在し、それぞれ作用が微妙に異なる(複数の遺伝子が関連する場合もある)。白毛遺伝子と共存した場合の作用は不明で、普通の白毛になったり原色毛とのまだらになったりする。
粕毛[編集]
肩や頸、下肢等に白い刺毛を混生させる粕毛遺伝子:RNを持つと粕毛になる。両親どちらかが粕毛でないと生まれない。
鹿毛系[編集]
体毛を黒くする作用がある鹿毛遺伝子:Eは、対立遺伝子である栗毛遺伝子:eに対して優性である。従って遺伝子型がEEあるいはEeであれば、鹿毛系(鹿毛もしくは黒鹿毛・青鹿毛・青毛・河原毛等)の毛色となる。鹿毛、黒鹿毛、青鹿毛、青毛のどの毛色になるかは、アグーチ遺伝子:Aと鹿毛遺伝子を弱める遺伝子Pにより決まる(下記表参考)。
栗毛系[編集]
栗毛遺伝子:eは対立遺伝子である鹿毛遺伝子:Eに対して劣性で、栗毛遺伝子がホモ接合型eeになった場合のみ、栗毛系(栗毛もしくは栃栗毛・月毛等)の毛色となる。このため栗毛系同士の配合では必ず栗毛系の産駒が生まれる。栗毛と栃栗毛の差は諸説ある。月毛は栗毛遺伝子に加え佐目毛遺伝子(後述)をヘテロで持っている。
佐目毛系[編集]
佐目毛遺伝子:Ccrは体色を薄くする。この遺伝子がホモ接合型CcrCcrとなっている場合は佐目毛となり、ヘテロ接合型CcrCとなっている場合は河原毛か月毛となる。ヘテロ接合型でかつ鹿毛遺伝子を持つCcrCE- の場合は河原毛となり、栗毛遺伝子を持つCcrCeeの場合は月毛になる。サラブレッドのほとんどはこの遺伝子を失いCCになっているため、月毛・河原毛・佐目毛が出ない。
毛色の遺伝子型と表現型[編集]
それぞれの毛色の遺伝子は以下の表に示すとおりであるが、栗毛の両親からは本来生まれないはずの鹿毛が生まれたりと、まだ充分に解明されていない点もある。以下の分類にも一部異説があり、今後の研究により覆される可能性がある(特にP遺伝子とアグーチ遺伝子については参考程度と見てもらいたい)。さらに国や研究者によっても分類の仕方に違いがあり、以下の表には従わないことがある(国によっては黒鹿毛と青鹿毛を区別しなかったり、逆にさらに細分化されていたりする)。
- 表の見方
- WやG等の大文字は白毛・芦毛等の形質を発現する優性遺伝子を表し、wやg等の小文字はそれらに対し劣性の対立遺伝子を表す。
- 優性・劣性どちらの遺伝子が入っても、発現する毛色に影響を与えない場合は"-"で表している。
- "・"は、この遺伝子の働きが他の遺伝子によって抑えられる、あるいは隠されることを示す。
- 例)白毛遺伝子Wと芦毛遺伝子G
- Wは他のすべての遺伝子の働きを抑える(抑制遺伝子)ため、Ww(ヘテロ接合型)は白毛になる。ただしWは致死遺伝子で、WW(ホモ接合型)になると、その個体は胎児のうちに死亡する。Wは他の全ての遺伝子の働きを抑制するため、他の遺伝子は"・"と示される。
- 白毛遺伝子Wを持たないと他の遺伝子が働き、別の毛色になる。例えば、白毛遺伝子Wを持たず芦毛遺伝子Gを持つと、その個体は芦毛になる。この場合、芦毛遺伝子がホモ接合型GGであってもヘテロ接合型Ggであっても個体は芦毛になるため、表では"G-"と示される。
白 | 薄 | 駁 | 芦 | 黒 | 弱 | 限 | 粕 | 表現型 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
WW | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | (胎児のうちに死亡) |
Ww | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | 白毛 |
ww | CcrCcr | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | 佐目毛 |
ww | C- | G- | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | 芦毛 |
ww | CCcr | gg | toto | E- | ・ | ・ | rnrn | 河原毛 |
ww | CCcr | gg | toto | ee | ・ | ・ | rnrn | 月毛 |
ww | CC | gg | toto | E- | P- | A- | rnrn | 鹿毛 |
ww | CC | gg | toto | E- | P-(pp) | aa(A-) | rnrn | 黒鹿毛 |
ww | CC | gg | toto | E- | pp(P-) | A-(aa) | rnrn | 青鹿毛 |
ww | CC | gg | toto | E- | pp | aa | rnrn | 青毛 |
ww | CC | gg | toto | ee | P-(・) | ・(A-) | rnrn | 栗毛 |
ww | CC | gg | toto | ee | pp(・) | ・(aa) | rnrn | 栃栗毛 |
ww | CC | gg | toto | ee | ・ | ・ | RN- | (栗粕毛 Red Rorn) |
ww | CC | gg | toto | E- | P- | ・ | RN- | (鹿粕毛 Bay Rorn) |
ww | CC | gg | toto | E- | pp | ・ | RN- | (青粕毛 Black Rorn) |
ww | CCcr | gg | toto | E- | ・ | ・ | RN- | (河原毛+粕毛 Buckskin Roan) |
ww | CCcr | gg | toto | ee | ・ | ・ | RN- | (月毛+粕毛 Palomino Roan) |
・ | ・ | ・ | TO- | ・ | ・ | ・ | ・ | (+駁毛) |
カッコ内は異説。
- 白毛遺伝子:W - メラニン色素の合成を阻害。ホモで致死。
- 薄化遺伝子:Ccr - メラニン色素の合成を抑制。
- 芦毛遺伝子:G - 色素を体毛から取り除く。
- 鹿毛遺伝子:E - 体色を黒くする。
- 栗毛遺伝子:e - 鹿毛遺伝子の劣勢対立遺伝子。
- P - 色素粒子の構造を変え、色を薄くする(諸説があり実在に疑問も)。
- 限定遺伝子:A - アグーチ遺伝子。多くのほ乳類が持っている遺伝子の1つ。メラニン色素の合成を促進するMSHホルモンを拮抗阻害し結果的に体色を薄くする。ただし体の端部ではこの働きは弱く、馬ではタテガミ・尾・足首などで黒い色が残る。
- 粕毛遺伝子:RN - 白の刺毛を混生させる。
- 駁毛遺伝子:TO - 正確には駁毛遺伝子の一種。Tobinoと呼ばれるまだら模様の毛色になる。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- 日本軽種馬登録協会(毛色の出現頻度を引用)