電通

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株式会社電通
画像募集中.png
種類株式会社
本社所在地日本国旗.png日本
105-7001
東京都港区東新橋1-8-1
設立1901年明治34年)7月1日創業
業種サービス業
代表者代表取締役社長 山本敏博
資本金746億981万円
(発行株数:2億8,841万株)
従業員数単体従業員数6,927人
連結従業員数60,064人(2017年12月末)[1]
関係する人物光永星郎(創業者)
吉田秀雄(4代目社長)
外部リンクhttp://www.dentsu.co.jp/

株式会社 電通(でんつう、英文社名:DENTSU INC.)は、日本の大手広告代理店。

歴史[編集]

1901年7月1日に光永星郎が東京京橋で創立した広告代理業「日本広告株式会社」が前身。光永は4ヶ月後にニュース通信業「電報通信社」を創立し、1906年12月に「株式会社日本電報通信社」(略称:電通)に改組した。1907年、「株式会社日本電報通信社」に「日本広告株式会社」が合併し、広告代理業とニュース通信業の兼営となった。

電通は1892年に創立された「帝国通信社」(略称:帝通)と共に日本の二大通信社として競合した。帝通が1923年の関東大震災、1926年の「日本新聞聯合社」(1928年「新聞聯合社」に改称、略称:聯合)の創立などを機に没落すると、1936年の「電聯合併」まで電通と聯合が二大通信社として競合した(電聯時代)。

1931年の満州事変後、政府は対外宣伝・言論統制強化を目的に、電通と聯合を合併させた独占的通信社の設立を決定、1936年1月に聯合を母体として「社団法人同盟通信社」(略称:同盟)を設立した[2]。当初は合併に反対していた電通も同年6月に通信部門を同盟に委嘱し(電聯合併)、代わりに同盟の広告部門を吸収、広告代理業専門の企業となった。

1947年、吉田秀雄常務が4代目社長に就任。広告代理業の近代化政策や社則「鬼十則」の制定を行った吉田社長の下、戦後復興と高度経済成長を背景に発展を遂げ、1955年に社名を「株式会社日本電報通信社」から「株式会社電通」に改称した。吉田は社長在任中の1963年に亡くなった。

1973年にアメリカの大手広告企業「ジェイ・ウォルター・トンプソン」を抜き、年間取扱高において世界首位になったとされる[3](2017年の収益は世界第5位だとされる)[4]。2001年、東京証券取引所第一部に上場した。

過労自殺[編集]

電通事件[編集]

1991年8月27日、入社2年目の男性社員(当時24歳)が過労自殺した事件。

「第2の電通事件」[編集]

2015年12月25日、入社1年目の高橋まつりさん(当時24歳)が過労自殺した事件[5]

鬼十則[編集]

「広告の鬼」と呼ばれた吉田秀雄社長(当時)が1951年に書いた10ヶ条の遺訓。社員の「行動規範」とも言える言葉で、社員手帳に記載されていた。高橋まつりさんの過労自殺後、過重労働の背景になっていると指摘され、2017年度から社員手帳には記載されなくなった。ある元役員は鬼十則よりも電通の会社としての特殊性や企業体質を問題にすべきと発言している[6]

  1. 仕事は自ら創るべきで、与えられるべきでない。
  2. 仕事とは、先手先手と働き掛けていくことで、受け身でやるものではない。
  3. 大きな仕事と取り組め、小さな仕事はおのれを小さくする。
  4. 難しい仕事を狙え、そしてこれを成し遂げるところに進歩がある。
  5. 取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……。
  6. 周囲を引きずり回せ、引きずるのと引きずられるのとでは、永い間に天地のひらきができる。
  7. 計画を持て、長期の計画を持っていれば、忍耐と工夫と、そして正しい努力と希望が生まれる。
  8. 自信を持て、自信がないから君の仕事には、迫力も粘りも、そして厚味すらがない。
  9. 頭は常に全回転、八方に気を配って、一分の隙もあってはならぬ、サービスとはそのようなものだ。
  10. 摩擦を怖れるな、摩擦は進歩の母、積極の肥料だ、でないと君は卑屈未練になる。

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脚注[編集]

  1. 会社概要 電通、2018年8月31日閲覧。
  2. 社団法人同盟通信社は戦後解散し、通信業務は新たに設立された社団法人共同通信社と株式会社時事通信社に引き継がれた。
  3. 電通(株)日本大百科全書(ニッポニカ)の解説 コトバンク、2018年8月31日閲覧。
  4. 事業領域 電通、2018年8月31日閲覧。
  5. 電通で繰り返された「過労自殺」、25年前にも起きた悲劇の過酷な実態 弁護士ドットコム(2016年10月13日)
  6. 高野真吾 電通過労死「問題は、鬼十則じゃない」元役員、実名で”最後の独白” withnews(ウィズニュース)(2017年9月26日)

外部リンク[編集]