聖ウラジーミル

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聖ウラジーミルとはロシア正教において(聖書の登場人物以外では)最も重要な聖人で、10世紀末期から11世紀始め頃に実在したキエフ大公である。

東方教会で崇敬される諸聖人の中では最悪レベルの極悪人である。また洗礼を切っ掛けに、これほど変化した人物は他にいないと言われている。

人物[編集]

今のロシアの起源であるキエフ大公国を治めるキエフ大公であった。キエフ大公国は他のヨーロッパ諸国よりもキリスト教の定着が遅れた野蛮人の国であった。

キリスト教改宗する前のウラジーミルは暴君であり、が800人もいたという。

父のキエフ大公スヴャトスラフ一世の死後、兄のヤロポルクとオレーグとウラジーミルは国を分割統治した。ヤロポロクとオーレグの権力争いでオーレグが死ぬと、ウラジーミルは兄であるヤロポロクを暗殺してキエフ大公となった。

キエフ大公となったウラジーミルは修道院を襲って修道女を手籠めにしたり、邪教の神々を祀る神殿を建てるなどの悪の限りを尽くしたが転機が訪れる。

ウラジーミルは、キエフ大公国の土着宗教の程度の低さに失望し、優れた教義を持った宗教を導入しようと、キリスト教イスラム教ユダヤ教を家来に調査させた。

キエフ大公国は地理的にはコンスタンティノープルギリシャやイスラム圏にも近く、カスピ海の近くのカザール帝国にはユダヤ教徒が多かったのである。

調査の結果、キリスト教を導入することにしたが、洗礼を受けてキリスト教に改宗し、なおかつキリスト教を国教にするという重大な決断を先送りにしていた。

その頃ビザンチン帝国からの要請で、ウラジーミルは援軍を送り、その見返りに皇帝の妹アンナを妻によこせと要求するが、ビザンチン皇帝は、この要求に応じなかった。

ウラジーミルは報復にビザンチン帝国のケルソネソスの砦を攻撃するが、城壁に阻まれ苦戦することになる。そのとき、敵の水源は城壁の外の泉であることが判明する。水路を断てば敵はすぐに降伏するに違いない。このことが分かったときウラジーミルは神に感謝し、洗礼を受けることを誓ったのであった。だがウラジーミルは、この誓いをすぐには実行しなかった。

ビザンチン帝国の砦を占領したウラジーミルは、妹を差し出すことを皇帝に要求。ビザンチン皇帝バシレイオス2世は「妹アンナと結婚したいのならばキリスト教に改宗せよ」とウラジーミルに求めた。

988年に洗礼を受けてキリスト教に改宗。野蛮人の国に泣きながら嫁いできたインペリアルアイドルの機嫌を取るためにウラジーミルは、家来や国民に洗礼を受けてキリスト教に改宗することを命令した。

キエフ大公国のキリスト教化は最初は表面的なものであったが、ウラジーミルは、それまで拝んでいた異教の神々の像や、それらを祀る神殿を全て破壊した。またウラジーミルは教会を次々に建てて聖職者たちを国に招いたので、ウラジーミルが天に召された頃には、キエフ大公国にはキリスト教がすっかり定着していたのであった。

国をあげてキリスト教に改宗したことで、キエフ大公国を野蛮人の国と見なす者はいなくなり、外国との交易は活発になり、キエフ大公国は大いに繁栄することになる。

略奪で生計を立てていた者たちが農業に転じると大豊作が続いた。それもそのはず、キエフ周辺の土は世界で最も肥沃で農業に適しているのである。

こうして野蛮人の国であったキエフ大公国は強大なキリスト教国に変わっていったのである。

その他[編集]

妻の数が800人というのは尋常ではない。戦死した家来の妻であった寡婦を保護するために妻にする場合もあったかも知れないが、普通に考えたら、この妻の数は、見掛けた女が気に入ったら、独身だろうと人妻だろうとお構い無しに強制的に妻にしていたことを意味する。

実際、ポロツク公女だった14歳のログネダ強姦しているし、殺した弟の未亡人ユリアも無理やり妻としている。

ダビデ王の息子のソロモンは最初は賢明な王であったが、妻を多く持ちすぎて国を滅亡させることになった。ウラジーミルはソロモンと対称的な王と言われる。

ウラジーミルの改宗から、モンゴルに蹂躙されるまでの250年の期間はロシアが比較的平和で安定した時代であったと言われている。

ウラジーミルよりも先にコンスタンティノープルで洗礼を受けたウラジーミルの祖母のオリガ(聖オリガ)もロシア正教の聖人とされている。ウラジーミルの改宗にはオリガの影響が大きかったに違いない。

ひ孫にあたる女性として、神聖ローマ帝国で輪姦された少女、エウプラクシアがいる。

カタカナではウラジミールと表記される場合がある。

良く似た出来事[編集]

ソ連崩壊後のロシアで、ソ連時代に没収された聖書が多数保管されているのが見付かり、それを運び出す作業をしていた人が一冊持ち帰ってしまったという。持ち帰った聖書を良く見ると、自分の祖母の名前が書かれていて驚いたそうである。

脚注[編集]

関連項目[編集]