秋山 十三郎(あきやま じゅうさぶろう、永禄8年(1565年) - 天正10年3月11日(1582年4月3日))は、戦国時代の武将。甲斐武田家の家臣。官途は宮内丞[1]。
父は秋山紀伊守と見られる[1]。『武田三代軍記』に十三郎の通称が紹介されている。
天正10年(1582年)の織田信長による武田征伐では最後まで勝頼に従い、父と共に討たれた[1]。
景徳院における位牌の法名は清寒霜白。