毛沢東

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毛 沢東(もう たくとう、マオ・ツォートン、1893年12月26日 - 1976年9月9日)は、中国政治家思想家中国共産党中央委員会主席。中華人民共和国の建国の父。

生涯[編集]

湖南省湘潭県韶山村生まれ。1921年7月、上海で開かれた中国共産党創立大会に湖南代表として出席した。1927年に湖南省での武装蜂起(秋収蜂起)に失敗した後、井崗山に立てこもり、1928年4月に朱徳の部隊と合流して中国工農紅軍を組織。紅軍は中国人民解放軍の前身となった。1931年11月、江西省瑞金に中華ソビエト共和国を樹立して主席に就任した。1934年に中国国民党軍の攻撃により瑞金の放棄を余儀なくされ、長征を行い陝西省延安に移動した。この最中の1935年1月、貴州省遵義で開かれた中国共産党中央政治局拡大会議で党中央の指揮権を掌握した。

1937年に第二次国共合作を成立させ、日中戦争に勝利する。1945年4月の七全大会で党中央委員会主席に就任。戦後は蒋介石の中国国民党軍との内戦(第二次国共内戦)に勝ち、1949年10月に中華人民共和国を建国して中央人民政府主席に就任した。1954年9月の第1回全国人民代表大会で共和国国家主席に就任したが、1958年に開始した大躍進政策が失敗したため、1959年に辞任して劉少奇と交代した。失地回復を狙い、1966年に文化大革命を開始した。

1976年に82歳で死去した。建国の英雄として評価される一方、ヒトラースターリンと並ぶ独裁者としても悪名高い。

主な著作[編集]

関連項目[編集]