樫本大進

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樫本 大進(かしもと だいしん、英:Daishin Kashimoto[1] 1979年3月27日 - )は、バイオリニストベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の第1コンサートマスタードイツに在住。

経歴[編集]

受賞[編集]

  • 1990年、第4回バッハ・ジュニア音楽コンクールで第1位。
  • 1991年、リピンスキ・ヴィエニヤフスキ国際コンクール・ジュニア部門第3位。
  • 1993年、マンハイムジュニア国際コンクールで第一位。同年、ユーディ・メニューイン国際コンクール・ジュニア部門で第1位
  • 1994年、第3回ケルン国際ヴァイオリン・コンクールで第1位。
  • 1996年、フリッツ・クライスラー国際コンクールで第1位。同年、ロン=ティボー国際コンクール(パリ)で史上最年少で第1位(17歳)。

人物[編集]

  • 若い頃にベルリンのような国際的大都市ではなく、ドイツの小さな町でドイツの空気を味わえたことは、音楽のために良かったと語る[5]
  • 最初はドイツ語が分からず、クラスに1人英語が話せる子が通訳してくれた。3カ月も経つと、皆とドイツ語で普通に会話できるようになった[5]
  • ザハール・ブロンはロシア人の先生だがレッスンはドイツ語。周りにロシア人の生徒も多いため、少しロシア語が分かるようになった[5]
  • クスマウルは「自分で考え、自分の道を行け」と言い、チャイコフスキーの協奏曲を出すと、クスマウル先生は、「それは俺よりお前の方が上手い。それよりモーツァルトを弾け」と言った。音楽的なアドバイスを沢山もらう[5]
  • ベルリン・フィルの団員として5シーズン目のとき、前任者の安永から、一通りのレパートリーを弾くのに少なくとも10年は掛かると言われて驚く。

インタビュー[編集]

使用楽器[編集]

1674年アンドレア・グァルネリ

参考文献・注釈[編集]