日尾城
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日尾城(ひおじょう)は、現在の埼玉県秩父郡小鹿野町飯田2236にかつて存在した日本の城である。
概要[編集]
観音山の西腹、飯田・日尾両地区の境界である牛首峠の東に続く山稜上に存在した山城である。
築城年代については不明だが、後北条氏が武蔵国を支配して鉢形城主に北条氏邦が就任した頃には、その家臣である諏訪部定勝が居城としていたという。天正18年(1590年)の小田原征伐で後北条氏が滅亡すると、廃城とされた。
記録を見る限りは、東西に500メートルにも及ぶにも関わらず、南北には非常に狭い尾根を利用した細長い城で、南と西は断崖で文字通り天然の要害を成していた。城跡の最高所に本丸跡といわれる平坦地が残されており、その下方に四段に削平された郭跡が残されている。
この城跡は現在、埼玉県の重要遺跡に選定されている。