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市丸利之助

出典: 謎の百科事典もどき『エンペディア(Enpedia)』
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市丸 利之助
いちまる りのすけ
名の由来  
性別 男性
時代 明治時代 - 昭和時代
生年月日 1891年明治24年)9月20日
生誕地 佐賀県
没年月日 1945年昭和20年)3月26日
死没地 硫黄島
死因 戦死
肩書 海軍中将
国籍 日本国旗.png日本
武器  
口癖  
名ゼリフ  
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市丸 利之助(いちまる りのすけ)は、日本海軍軍人で、日本海軍の航空草創期のパイロットである。硫黄島の戦いで戦死し、最終階級海軍中将に戦死により特進した。

経歴[編集]

佐賀県出身。海兵41期[1]

昭和18年(1943年4月第21航空戦隊司令官ラバウル)としてい号作戦などに参加する。昭和19年(1944年8月硫黄島の海軍守備司令官となる[1]

昭和20年(1945年)3月、硫黄島の戦いにおいて玉砕享年55。玉砕前に「ルーズベルトニ与フル書」を壕内に残置しており、そこには日米戦争ペルー来航以来の弱肉強食政策に原因があり、大東亜共栄圏白人の存在を脅かすものではない」と訴えていたという[1]

なお、フランクリン・ルーズベルトは市丸の死から1か月もたたない4月に病死しており、この書を見たかどうかは不明である。

脚注[編集]

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注釈[編集]

出典[編集]

  1. 以下の位置に戻る: a b c 新人物往来社「日本海軍指揮官総覧」P79

市丸の登場する作品[編集]

テレビ[編集]

映画[編集]

関連項目[編集]

参考文献[編集]

外部リンク[編集]