栗林忠道

出典: 謎の百科事典もどき『エンペディア(Enpedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

栗林 忠道(くりばやし ただみち、明治24年(1891年1月4日) - 昭和20年(1945年3月26日)は、日本陸軍軍人太平洋戦争の硫黄島の戦いで日本軍を指揮した。第23軍参謀長などを歴任。

経歴[編集]

長野県出身。陸軍士官学校に進み26期卒業。その後陸軍大学校に進学し35期卒業。騎兵科出身。アメリカに駐在武官として赴任し、ハーバード大学で研修を受ける。1931年(昭和6年)には、カナダ公使館付武官、1933年(昭和8年)には、軍務局馬政課高級課員、1936年(昭和11年)には、騎兵第7連隊長などを務める。1937年(昭和12年)には大佐に昇進し兵務局馬政課長に、1940年(昭和15年)には少将に昇進し騎兵第2旅団長などを務め、騎兵の道を進む。

1941年(昭和16年)には第23軍参謀長に就任し、太平洋戦争開戦を中国・広東で迎える。1943年(昭和18年)には中将に昇進し、留守近衛第2師団長に就任する。敗戦色が濃くなった1944年(昭和19年)5月、第109師団長として硫黄島に赴任。陸海軍2万2千の小笠原兵団を率いて洞窟陣地を利用し、米軍に多大な損害を与えるも硫黄島を占領される。 大本営に最後の電報を送り玉砕突撃。大将昇進。

略歴[編集]

  • 1931年(昭和6年)8月1日 - カナダ公使館付武官
  • 1933年(昭和8年)8月22日 - 兵器行政本部付
  • 1933年(昭和8年)12月30日 - 軍務局馬政課高級課員
  • 1936年(昭和11年)8月1日 - 騎兵第7連隊長
  • 1937年(昭和12年)8月2日 - 大佐に昇進、兵務局馬政課長
  • 1940年(昭和15年)3月9日 - 少将に昇進、騎兵第2旅団長
  • 1940年(昭和15年)12月2日 - 騎兵第1旅団長
  • 1941年(昭和16年)9月16日 - 第23軍参謀長
  • 1943年(昭和18年)6月10日 - 中将に昇進、留守近衛第2師団長
  • 1944年(昭和19年)4月6日 - 東部軍付
  • 1944年(昭和19年)5月27日 - 第109師団長
  • 1945年(昭和20年)3月26日 - 戦死、大将昇進