ザ・デストロイヤー

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ザ・デストロイヤー(本名・ディック・ベイヤ―)はアメリカ合衆国出身の覆面プロレスラーである。足四の字固めを得意としていた。 青少年のためのレスリング教育なども行なっており、日本との親交も深い。なお、「デストロイヤー」は駆逐艦の意。

概要[編集]

来日した時、当時スターだったキラー・コワルスキーの横面をビンタして注目を浴びる。日本では長きにわたって力道山のライバルとして注目された。
1975年頃旗揚げした全日本プロレスジャイアント馬場との試合に負けて日本人サイドへの所属を余儀なくされる。

馬場はデストロイヤーを売り出すために『覆面世界一十番勝負を企画』これは世界中の有名覆面レスラー10人を呼んでデストロイヤーと対戦させる企画だった。もっとも有名覆面レスラーもそうそう集まらず、偽物の覆面レスラーや日本オリジナルの覆面レスラーも混ざっていたという。

テレビの方では、バラエティ番組『金曜10時噂のチャンネル』に“ゴッド姉ちゃん”和田アキ子や“エマニエル父ちゃん”せんだみつおあのねのねマギー・ミネンコラビット関根らとともに出演。人気を博す。彼はドイツ軍のヘルメットをかぶり「チンポコ」と叫んだり[1]徳光和夫アナウンサーに足四の字固めをかけたりと大活躍だった。

1983年頃には日本人サイドを離れて外人サイドに戻り、凱旋帰国したキラー・キムとシングルで対戦して勝ったりしている。

試合[編集]

180センチ足らずの小兵なので、きびきび動くことで間を持たせている。試合展開としては決め技である足四の字固めへ持ち込むムーブが主体となる。ロープを利用した立体的なフライングメイヤーを飛び道具として目を引きながら、各種の足殺しで相手の機動力を奪っていく。一撃必殺の足四の字固めだったが、相手がアブドーラ・ザ・ブッチャークラスになるとブッチャー自ら転んでしまい、なかなか足四の字をかけられないハラハラした展開になっていった。

晩年になると、対戦相手が中堅クラスから前座までに限定されてしまい。足四の字固めの神話は保たれ続けた。

余談[編集]

若手の佐藤昭雄にデストロイヤーと同じ覆面を被せてデストロイヤー2号として売り出す計画があったが消えた。その代わりかどうか不明だが、デストロイヤー自身、自分とうり二つのパートナー・クルーザーを連れて来日している。

覆面レスラーなので正体を明かさない決まりになっており、全盛期にはテレビ局に呼ばれ息子にパパの似顔絵を描かせたら猿を描いたので叱ったという話がある。

やはり、覆面レスラーなので覆面を脱げず、炎天下でゴルフをしていたら茹でだこのようになってしまったと関係者が語っていた。

ビートたけしが自分のラジオ番組で「デストロイヤーはピート・ローズみたいな顔をしている」とバラしてしまった。

旅先でサインをねだったら、覆面の上から老眼鏡をかけてサインをしてくれたという逸話がある。

脚注[編集]

  1. 外国人だから平気の平左である。金沢明子の「おま○こ発言」みたいなものである