鎌田俊彦

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鎌田 俊彦(かまた としひこ、1943年[1] - )は、日本の新左翼活動家。クリスマス・ツリー爆弾事件等を起こした黒ヘル・グループのリーダーであるとされる。

来歴等[編集]

中国・旧満州生まれ。東洋大学中退。1971年9月から[2]都内の警察署や交番、仙台市の米軍通信所など6か所で手製爆弾を爆発させ[3]、1971年12月にクリスマス・ツリー爆弾事件を起こした黒ヘル・グループのリーダーであるとされる[2]。1980年3月に逮捕された[2]。爆発物取締罰則違反、殺人未遂罪などに問われ[4]、1983年10月に東京地裁で無期懲役の判決を受けた[3]。1986年12月に東京高裁は一審判決を支持して控訴を棄却[4]、1991年2月に最高裁は一審、二審判決を支持して上告を棄却し、無期懲役が確定した[5]。同年5月、宮城刑務所に移監された[2]

雑誌『インパクション』に刑務所に関する文章を執筆している。鎌田克己著『ある全共闘不良派の生涯』(明月堂、2016年)は、鎌田俊彦の救援機関紙『そうぼう』に寄稿していた弟の遺稿集である。

鎌田グループ[編集]

昭和63年の警察白書は、「極左暴力集団」の中の「ノンセクト・黒ヘルグループ」には「46年に「警視庁追分派出所クリスマスツリー爆弾事件」等を引き起こした鎌田グループ」や「東アジア反日武装戦線」が属するとしている[6]

高木正幸の『新左翼三十年史』は鎌田らを「黒ヘル・アナキスト・グループとされる」[3]立花書房が刊行している公安警察向けテキストは「黒ヘル・鎌田グループ」としている[7]

著書[編集]

  • 『鎌田俊彦氏の生活と意見――現役“無期懲役刑"囚人』 北冬舎、発売:王国社、1997年
  • 『われに告発する用意あり――宮城刑務所 2005年5月〜2006年9月』 綿貫真木子編、『そうぼう』編集部、取扱:模索舎、2007年[8]

脚注[編集]

  1. 鎌田俊彦 国立国会図書館典拠データ検索・提供サービス
  2. 2.0 2.1 2.2 2.3 『われに告発する用意あり——宮城刑務所 2005年5月〜2006年9月』略歴
  3. 3.0 3.1 3.2 高木正幸『新左翼三十年史』土曜美術社、1988年、154-155頁
  4. 4.0 4.1 「主犯鎌田の控訴を棄却 ツリー爆弾事件で東京高裁」『朝日新聞』1986年12月16日付朝刊22面(2社)
  5. 「鎌田被告の無期が確定 東京・四谷のツリー爆弾、上告棄却」『朝日新聞』1991年2月3日付朝刊30面(2社)
  6. 昭和63年 警察白書
  7. 警備研究会『わかりやすい極左・右翼・日本共産党用語集〔四訂〕』立花書房、2012年、142頁
  8. 【模索舎store】 ●われに告発する用意あり  宮城刑務所2005年5月~2006年9月

外部リンク[編集]