角文

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角文株式会社(かくぶんかぶしきかいしゃ)は、愛知県刈谷市泉田町古和井1番地に本社を置く総合建設会社。

特色[編集]

刈谷市を中心とした西三河地方を活動の場としている。資本金は8000万円。2018年時点の従業員数は117人であり、一級建築士20名、一級建築施工管理技士33名、一級土木施工管理技士12名、宅地建物取引士17名などを有する。分譲マンションや分譲住宅の住宅事業部、事業所ビルやレジャー施設の建築事業部、道路や橋梁などの土木事業部の3部門からなる。

沿革[編集]

文久3年(1863年)創業。初代の鈴木文助が材木販売・建築請負業として「角屋」を設立し、愛知県碧海郡泉田村を拠点として学校や町屋の建築を手がけた。「角屋」の「文助」であるため、「かどぶん」(「かくぶん」ではない)で名が通っていた。2代目の鈴木三郎は慶應義塾福沢諭吉のもとで学び、1902年(明治35年)に初代から角文材木店を継いだ。

1953年(昭和28年)には3代目の鈴木孝平が角文材木店を継ぎ、1960年(昭和35年)8月31日には株式会社角文建設を設立した。1963年(昭和38年)には創業100周年を迎えた。1964年(昭和39年)には刈谷市桜町の4階建てビル「伊藤ビル」に移転し、1972年(昭和47年)には刈谷市一色町の「一色町ビル」に移転している。1983年(昭和58年)には分譲マンションの建設にも進出した。

1990年(平成2年)には4代目の鈴木文三郎が角文木材工業の社長に就任。1991年(平成3年)には共同企業体で安城市碧海信用金庫本店の建設を受注。1992年(平成4年)には共同企業体で刈谷市総合運動公園多目的グラウンドの建築を受注。1993年(平成5年)には本社ビルを創業地である刈谷市泉田町に移転した。

2002年(平成24年)には鈴木文三郎が角文建設の社長に就任している。2004年(平成16年)には共同企業体で刈谷ハイウェイオアシスの建設を受注、2008年(平成20年)には共同企業体で刈谷市役所新庁舎の建設を受注した。2009年(平成21年)には角文建設株式会社とすまいの角文株式会社が合併して角文株式会社となった。2013年(平成25年)には創業150周年を迎えた。

作品[編集]

  • 分譲マンション「エルシリーズ」
  • 分譲住宅「エルタウンシリーズ」
  • 定借戸建住宅「エクセルタウンシリーズ」
  • 1953年(昭和28年) - 知里付神社(知多郡武豊町)
  • 1991年(平成3年) - 碧海信用金庫本店(安城市)
  • 1992年(平成4年) - 刈谷市総合運動公園多目的グラウンド(刈谷市)
  • 1992年(平成4年) - 分譲マンション「ユニバーシティ刈谷」(刈谷市井ヶ谷町)
  • 1993年(平成5年) - 分譲マンション「エルグランデ泉田」(刈谷市泉田町) - 国内初の一般定期借地権付分譲マンション
  • 1999年(平成11年) - 定借分譲マンション「エクセルグランデ築地」(刈谷市築地町)
  • 2000年(平成12年) - 環境共生型分譲マンション「エルグランデ刈谷オキシア」
  • 2004年(平成16年) - 刈谷ハイウェイオアシス(刈谷市)
  • 2006年(平成18年) - 定借分譲マンション「マンサール白山」(半田市)
  • 2008年(平成20年) - 刈谷市役所(刈谷市)
  • 建設中 - エクセルグランデ刈谷銀座タワー(刈谷市) - 刈谷市最高層の建築物
  • 構想中 - 安城南明治第一土地区画整理事業第28街区(安城市)

外部リンク[編集]