矢野順意

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矢野 順意(やの のぶよし、昭和8年(1933年) - 令和元年(2019年9月30日)は、日本政治家愛媛県副知事。既婚者で長男あり。

略歴[編集]

愛媛県松山市出身。初代愛媛県生活文化局長、県教育長などを歴任した。法律に通じており、愛媛県の玉串料訴訟や取材拒否など多くの訴訟に関与。退職後には県社会福祉事業団副理事長を務め、加戸守行元愛媛県知事の第1期1年目である平成11年(1999年2月に副知事として県庁に復帰し、加戸守行の県政を4年にわたって補佐した。福知事時代には平成13年(2001年)に発生したえひめ丸事故における被害者、その遺族の救済、アメリカ海軍との損害賠償交渉などの対応を務めている。

副知事退任後には県社会福祉事業団理事長に就任。えひめ丸事故の経過や交渉の記録などを3部作の本にまとめたりもしている。平成16年(2004年)に瑞宝中授章、平成20年(2008年)に県功労賞を受章・授賞した。

令和元年(2019年)9月30日午後4時24分、消化管出血のため、愛媛県松山市の病院死去した。86歳没。