留 略(りゅう りゃく、生没年不詳)は、中国の三国時代の呉の武将。父は留賛[1]。弟に留平[1]。
揚州会稽郡長山県の出身[1]。252年の東興の戦いで都尉として東興東城を守備し、諸葛恪や丁奉と共に魏軍撃退に貢献する[1]。255年に父が魏軍との戦いで戦死したため、留略は東海郡の太守となるが、以後の行方は不明である[1]。
『三国志演義』では第108回の東興の戦いに登場し、史実どおり魏軍の攻撃を籠城戦で凌いで勝利に貢献した。