深野晴美

出典: 謎の百科事典もどき『エンペディア(Enpedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
ふかの はるみ
深野晴美
プロフィール
愛称ハニー
生年月日1967年3月13日
現年齢57歳
出身地神奈川県横須賀市
血液型B
瞳の色ブラック
毛髪の色ブラック
公称サイズ(1987[1]時点)
身長 / 体重165 cm / 49 kg
BMI18
スリーサイズ86 - 58 - 88 cm
カップサイズD
靴のサイズ23.5[2] cm
備考乳首はピンク[3]
活動
ジャンルグラマー
モデル内容水着・セミヌード
他の活動歌手・女優
事務所ハローマイク
テンプレート - カテゴリ

深野 晴美(ふかの はるみ、1967年3月13日 - )は、日本の女性タレントである。(株)ハローマイク所属。

経歴・人物[編集]

生い立ち[編集]

1967年3月13日[1]神奈川県横須賀市に生まれる[4]。両親は早婚だった。デビューしたころ、母はまだ若く、姉妹のようだと本人の証言が残っている[5]。兄と弟がいる[6]

中学・高校はソフトボール部に所属[7]。4番・キャッチャー[8][9]。主将を務める。

キャリア[編集]

高校在学中の1983年、原宿でスカウトされる。最初の事務所で歌のレッスンを受けたのち、ハローマイクに移る[10]

1984年、海に関するイベント「'84マリンピック・ミスシーギャルコンテスト」で優勝。「ガラスの17歳」イメージレディコンテスト優勝[11]

1985年南麻衣子小川菜摘と共に、3人組アイドルユニット『オナッターズ』で一般に認知された。「よくわかんな~い」のセリフで有名になるが[9]、お馬鹿キャラの様にみなされ、「ガラスの脳みそ」と呼ばれることもあった[12]。2月2日、映画『死霊のはらわた』のお披露目イベントに出演[13]。1985年、映画『童貞物語』の出演者らと「童貞キラーズ」というユニットを結成。リーダーは小松みどり。他のメンバーはイヴ沢田和美八神康子渡辺良子浅野なつみ[14]。この年、仕事が忙しいので高校3年生を留年している[15]

1986年3月、高校卒業。1986年秋、オナッターズ解散[16]

1988年、「土曜日のアマン」でソロ歌手としてデビュー。1980年代後半の売れ筋アイドル、いわゆるA級アイドルはミニスカートを穿かなくなったが、これはAVの普及に伴いアイドルが性的な仄めかしをする必要がなくなった(またはAV女優との区別が必要だったから意図的に回避)ことが原因だとする説がある。深野はこのような時代背景のもと、あえてエロに踏み込みニッチなニーズを狙った異端者としてのB級アイドルの一人であるとする文献もある[17]。1988年8月6日、第23回三浦海岸フェスティバル(主催:京浜急行電鉄株式会社および株式会社アール・エフ・ラジオ日本)に出演[18]

エピソード[編集]

  • 理想の男性は「表面はクールで内心やさしい人。自分を引っ張っていってくれる人」[7]
  • 初恋は高校の入学式。同級生に一目ぼれ。友人の協力もあって交際に漕ぎつけるが3日で飽きて別れる[19]
  • ファーストキスは南麻衣子のお尻[19]。サイパンで撮影された『水平線のマーメイド』のワンシーン[20]

私生活[編集]

趣味の大相撲観戦がきっかけで知り合った元十両大岳と結婚し(1994年)、滋賀県内でちゃんこ料理店の女将をしていたが、その後離婚している[21]

フィルモグラフィ[編集]

映画[編集]

  • 『マル金マルびの金魂巻』(1985年4月20日)- 助監督C 役[9]
  • 『童貞物語』(1986年2月15日) - 小西絵里子役[22]
  • 極道の妻たち』に出演とする資料もあるが[23]、実際には出ていない

テレビ番組[編集]

ビデオ[編集]

  • 水平線のマーメイド (1985年6月、ポニーキャニオン) [26]
- オナッターズとして
  • 水の中のピエロ 深野晴美スペシャル(VCA
  • Fantastic Memory(映光社)
  • 危険な香り(勁文社
  • 深野晴美の短辺官能ビデオ 拳銃と乳房
  • 深野晴美 IN HAWAI SCENE 死んでも恋していたい(CCA
- 「深野晴美の短辺官能ビデオ 拳銃と乳房」の再発
  • TVアイドル 深野晴美 私のボインを見ないで(タイム・アロー)
「深野晴美 IN HAWAI SCENE 死んでも恋していたい」の再発、「深野晴美の短辺官能:ビデオ 拳銃と乳房」の再々発
  • 晴美からのメッセージ(大陸書房
  • ヴァージンメモリー ときめき卒業写真
  • おッビッグ・トップ(1989年1月25日、パワースポーツ
- 最後のビデオ

テレビCM[編集]

ディスコグラフィ[編集]

シングル

B面「ウキ・ウキ・マンデイ・ラブ」(詞:島村みなこ、曲:ササキカツトシ、編曲:ビンブン
  • 「モッコシモコモコ(しゅきしゅきダーリン)」(1985年6月、徳間ジャパン。詞・曲:ササキカツトシ、編曲:ビンブン)
B面「ア・タ・リ」( 同 )
  • 「土曜日のアマン」(1988年6月21日、RIV.STAR RECORDS)
B面「そっと愛して」。『プッツンメイクLOVE Vol.6』(東映ビデオ)の主題歌[27]

アルバム

  • 「オナッターズのいい気持ち」(1985年6月、徳間ジャパン)
A面
1.愛して恋して夢見て(詞・曲:ササキカツトシ、編曲:ビンブン)
2.ア・タ・リ(同)
3.東京バカンス(同)唄:南麻衣子
4.ウキ・ウキ・マンデイ・ラブ(詞:島村聖名子(小川菜摘の本名)、曲:ササキカツトシ、編曲:ビンブン)
5.さびしがりや(詞・曲:ササキカツトシ、編曲:ビンブン)唄:深野晴美
B面
1.モッコシモコモコ(しゅきしゅきダーリン)(詞・曲:ササキカツトシ、編曲:ビンブン)
2.レッツゴー!ヨコシマ(同)唄:小川菜摘
3.哀愁のkiss&Kiss(詞:南麻衣子、曲:ササキカツトシ、編曲:ビンブン)
4.恋のバッキン!(詞・曲:ササキカツトシ、編曲:クニ河内)
5.水平線のマーメイド(詞・曲:ササキカツトシ、編曲:ビンブン)

写真集[編集]

出典[編集]

  1. a b 「きまぐれにラブストーリー」、『WEEKLY平凡パンチ』第24巻第47号、マガジンハウス、1987年12月17日、 8頁。
  2. 『ザ・ヒットマガジン』第1巻第1号、三和出版、1985年
  3. 『ベストカメラ』第3巻第8号、少年画報社、1986年、 62頁。
  4. 深野晴美”. excite.co.jp. エキサイト株式会社 (2020年1月4日). 2020年1月8日確認。
  5. 『写真時代Jr.特別編集・アイドル玉手箱』 少年出版社、1985年8月1日、4-5頁。
  6. 『ビデオボーイ』第2巻第7号、英知出版、1985年、 6頁。
  7. a b 『ACTRESS』第4巻第8号、1985年
  8. 『熱烈投稿』第1巻第1号、少年出版社、1985年、 5頁。
  9. a b c 『スーパー写真塾』第2巻第5号、コアマガジン、1985年、 82-85頁。
  10. 『写真探偵団』1986年6月号 p39 (三和出版)
  11. 『大べっぴん』第1巻第1号、英知出版、1985年
  12. 『写真時代Jr.』1985年5月号 p29 (白夜書房)
  13. 「オナッターズも泣き叫んだ!「死霊のはらわた」おひろめイベント」、『DUNK』第2巻第4号、集英社、1985年4月1日、 122頁、 ASIN B00UYW4D7U
  14. 「“お姉さん方、よろしくお願いしまーす„童貞キラーズ」、『WEEKLY平凡パンチ』第23巻第2号、平凡出版、1986年1月20日、 22頁。
  15. 『アクションカメラ』第45号、ワニマガジン社、1985年、 12頁。
  16. 「恋のバッキン!」で大人気に!深夜番組“グッドモーニング”に出演していた「オナッターズ」って覚えてる!?(page2)”. ミドルエッジ. 株式会社ディー・オー・エム. 2020年10月28日確認。
  17. 『ステレオ時代』17号、ステレオ時代編集部、ネコ・パブリッシング〈NEKO MOOK〉、77頁。(電子書籍)
  18. 第23回三浦海岸フェスティバルチラシ”. 前世紀の遺物 (2018年7月25日). 2023年2月15日確認。
  19. a b 『GORO』第17号、小学館、1985年、 41-42頁。
  20. オナッターズ(出演) (1985年5月20日) (日本語). 水平線のマーメイド (VHS). ポニーキャニオン.. 該当時間: 25min46sec. ASIN B00005IL0B 
  21. 永瀬白虎 (2017年11月24日). “巨乳でおバカキャラだった深野晴美も50歳、復帰してくれないかなあ…”. zakzak. 株式会社産経デジタル. 2021年6月8日確認。
  22. 童貞物語(1986)”. movie.walkerplus.com. 2020年1月9日確認。
  23. 『週刊アサヒ芸能』第41巻第35号、徳間書店、1986年
  24. 女弁護士高林鮎子(7)L特急しまんと6号 早春四国路殺人事件”. テレビドラマデータベース. 2020年1月9日確認。
  25. 「夏のクイーンだ! 深野晴美」、『WEEKLY平凡パンチ』第24巻第24号、マガジンハウス、1987年7月2日、 3ff。
  26. 『ビデパル』第2巻第8号、東京三世社、1985年
  27. 『レモンパイ8月増刊号・UKIUKI』第1号、辰巳出版、1985年、 44頁。