安東幹

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安東 幹(あんどう かん、1963年 - )は、日本のフリージャーナリスト。『正論』2000年4月号に掲載された兵本達吉との対談では[1]安東親範のペンネームを使用している[2]

経歴[編集]

京都市生まれ[3]。小学校2年次からは主に東京都で過ごす[4]。1986年に中央大学文学部哲学科哲学専攻を中退[5][2]日本民主青年同盟中野地区委員会に加盟し、日本共産党に入党。翌1987年に民青中野地区委員会の副委員長、1988年に共産党中野地区委員会の専従職員、赤旗中野出張所員となった[2]。民青中野地区委員会副委員長になってから仲間に「頭がおかしいんじゃないか」「精神病院に連れて行くぞ」と言われるようになり、1988年11月頃に党本部の訴願委員会に「自分は一生懸命活動しているのに何とかしてほしい」と手紙を書いたところ、党中央の指示により代々木病院の精神科に連れていかれたという[2]。1991年、日本共産党を離党[2]。その後、自身の体験を「日本共産党の精神医療を悪用した人権弾圧」だと告発し、日本共産党に留まらず広く共産主義の人権弾圧を批判する活動を行っている[4]。1999年、慶應義塾大学通信課程法学部乙類(政治学科)卒業[5][2]

2012年時点でシアトルにあるシティ大学の通信課程行政学修士に在籍中。南方民主同盟国際部代表[5]

著書[編集]

  • 『日本共産党に強制収容所――僕が体験した共産主義という狂気の支配』 日新報道、2004年7月
  • 『誰も書かなかった中国の人権抑圧』 日新報道、2005年6月
  • 『「連合」をぶっ潰せ!――日本を破壊する左翼の巣窟 自治労・日教組・JR総連・NHK労連…反日組織の正体』 日新報道、2012年9月

脚注[編集]

外部リンク[編集]