城山 (鹿児島市城山町)

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城山(しろやま)とは、鹿児島県鹿児島市城山町にある山である。西南戦争の際に西郷隆盛が立て籠もったことで知られている。

概要[編集]

鹿児島市街のほぼ中心部に存在する山である。標高は107メートルでそれほど高くは無い。

鹿児島市のシンボル的な存在の山であり、一帯は城山公園として親しまれ、山頂の展望台までは遊歩道も存在する。展望台からは市街地を眼下にすることができ、さらに鹿児島湾を隔てて桜島、薩摩半島大隅半島などの山々が一望できる。特に夜景には定評がある。

城山は全山を樹木に覆われており、植物の宝庫としても知られている。クスノキクロマツシイノキタブノキなどの亜熱帯緑樹が茂っており、これにフウトウカズラ、イタビカズラオオイタビなどの蔓性植物が絡み付き、樹林下にはヒノキシダ、ホウライシダなどのシダ類が密生している。自生する植物は600種以上と言われており、自然景観を良くとどめており、植物学的にも貴重な山であるとして、国の天然記念物に指定されている。

南北朝時代には上山氏居城をこの山に構えていたという。明治10年(1877年)の西南戦争で敗北した西郷隆盛は、鹿児島に戻ると城山に立て籠もって最後の激戦を行なった。城山には上山氏の城跡をはじめ、南洲洞窟西郷洞窟)、西郷終焉の地となった旧跡などがあり、全山が国の史跡に指定されている。

かつては、VHF波利用のアナログテレビ塔があった。これは、隣県の宮崎県の鰐塚山と違って、マウンテントップ方式で県下本土一円を効率よくカバーできる山が無く、やむなく錦江湾沿岸地域をカバーする山として選ばれたためである。加えて離島を抱えることもあり、鹿児島県下の民放テレビ局は現在も多数の中継局を抱えることになる。

アクセス[編集]