川﨑堅雄
川﨑 堅雄(かわさき けんお、1903年12月18日 - 1994年5月19日[1])は、労働運動家。全労会議・同盟副書記長[2]。「戦前の共産党、近衛新体制論者、戦後の民主的労働運動の理論的指導者」(伊藤隆)[3]。
経歴[編集]
高知県吾川郡諸木村(現・高知市)生まれ[4]。1922年私立高知工業学校機械科を4年で中退[4][5]。兵役を経て、1927年4月東京電燈(現・東京電力)に入社[4]。同時に日本大学専門部法科に入学[6]。1928年1月関東電気労働組合に入会、労働農民党に入党。東京電力争議、目蒲電鉄争議、東京電灯争議などに参加。同年8月に当局がでっち上げた「帝都暗黒陰謀事件」で東京電燈を懲戒解雇。1929年高知県下の王子製紙争議を指導後、地下活動に入る。同年7月日本共産党に入党、全協常任委員・共産党全協フラクション責任者。1930年1月共産党中央委員候補、東京地方委員。同年2月治安維持法違反で逮捕[4]。懲役5年で入獄[5]。佐野学・鍋山貞親に続き、1933年11月に獄中で転向、共産党を脱党[4]。1934年に中尾勝男、西村祭喜が結成した一国社会主義研究会を獄中から指導[7]。1937年4月出獄[5]。1938年11月に緋田工、尾崎陞、岡本清一らと日本国体研究所を結成。1939年暮に緋田と運動路線をめぐって対立し、1940年1月に赤津益造、尾崎陞、岡本清一らと日本建設協会を結成[6][8]、理事・組織部長。1941年10月~1943年山崎経済研究所所員。1943年9月~1945年9月日本造船に勤務[5]。
1946年に竪山利忠、小堀正彦と勤労時報社を創設し[9]、労組民主化運動推進のための理論雑誌『勤労時報』(翌年『組合運動』に改称、1951年まで)を発行[3]。勤労時報社には金杉秀信、落合英一、竪山利文、宝樹文彦、室伏憲吾ら若い活動家が頻繁に出入りした[9]。1948年時点で世界民主研究所(世民研)同人、のち理事[7]。1951年9月民主労働運動研究会(民労研)の結成に参加、専従幹事[5]。1953年2月全国民主主義労働運動連絡協議会(民労連)事務局に入り[1]、機関紙を担当[10]。1954年4月全日本労働組合会議(全労会議)の結成に参加[3]、書記局員・書記次長[5]。機関紙『全労』を担当[10]。1962年全日本労働総同盟組合会議(組合会議)事務局次長を兼務[5]。1964年11月全日本労働総同盟(同盟)の結成に参加[3]、書記局員・書記次長・情報室長[5]。機関紙『同盟新聞』、機関誌『同盟』に執筆し、論客として知られた[10]。論説担当執行評議員を経て、1978年顧問[11]。1983年1月同盟を退職[1]。
著書[編集]
- 『階級主義運動の建設的克服』(日本国体研究所、1939年)
- 『新しき勞組運動はいかに鬪うか』(勤勞時報社[組合運動パンフレット]、1947年)
- 『民主的労働組合運動はいかにあるべきか』(述、極東出版社編、極東出版社[極研シリーズ]、1963年)
- 『民主的労働運動の基本的在り方』(極東出版社[極研シリーズ]、1965年)
- 『民主的労働運動と左翼労働運動の相違点』(極東出版社[極研シリーズ]、1972年)
- 『労働組合のこころといのち』(富士社会教育センター出版局[富士選書]、1973年)
- 『道標――民主的労働運動の基礎と方向』(教育局編、全日本労働総同盟[同盟新書]、1976年)
- 『川﨑堅雄著作選集――民主的労働運動発展の道しるべ』(川﨑堅雄著作選集刊行委員会、1978年)
- 『民主的労働運動の原点――人間解放への道』(執筆、同盟教育局編、全日本労働総同盟[同盟新書]、1980年)
- 『生き甲斐の火を点ずるもの――川崎堅雄の労働組合主義読本』(全国化学一般労働組合同盟編、全国化学一般労働組合同盟[全化同盟シリーズ]、1981年)
- 『同盟運動二十年のこころの軌跡』(同盟教育局編、全日本労働総同盟[同盟選書]、1983年)
- 『川崎堅雄遺稿集』(川崎鈴江、2000年)
出典[編集]
- ↑ a b c 川崎堅雄関係文書 | 憲政資料室の所蔵資料 国立国会図書館
- ↑ 塩田庄兵衛編集代表『日本社会運動人名辞典』(青木書店、1979年)等では書記次長。
- ↑ a b c d 民主的労働運動の理論的指導者・川崎堅雄が「全文協」展に登場! 友愛労働歴史館(2015年12月17日)
- ↑ a b c d e 川﨑堅雄『川﨑堅雄著作選集――民主的労働運動発展の道しるべ』川崎堅雄著作選集刊行委員会、1978年
- ↑ a b c d e f g h 塩田庄兵衛編集代表『日本社会運動人名辞典』青木書店、1979年、190-191頁
- ↑ a b 伊藤隆『昭和期の政治(続)』山川出版社、1993年
- ↑ a b 福家崇洋「一国社会主義から民主社会主義へ : 佐野学・鍋山貞親の戦時と戦後」『文明構造論』Vol.9、2013年10月
- ↑ 三戸信人「産別民同がめざしたもの(1)三戸信人氏に聞く」『大原社会問題研究所雑誌』第489号、1999年8月
- ↑ a b 堀内慎一郎「「『総評―社会党ブロック』と『同盟―民社党ブロック』の対立」成立の萌芽――独立青年同盟の結成と排撃――」『年報政治学』67巻2号、2016年
- ↑ a b c 民主的労働運動の理論的指導者・川崎堅雄を紹介します! 友愛労働歴史館(2016年6月25日)
- ↑ 法政大学大原社会問題研究所編『日本労働年鑑 第49集(1979年版)』労働旬報社、1978年