九藤深宮
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九藤 深宮(くどう しんきゅう、生没年不詳)は、戦国時代の武将。織田氏の家臣。
略歴[編集]
織田信長の側近で、京都に在京することが多かったという。『兼見卿記』では天正3年(1575年)8月に越前一向一揆殲滅で在陣していた信長を見舞った吉田兼見が九藤らの信長の家臣らに贈り物をしている。他にも、松井友閑や万見重元らとの連署した書状、天正6年(1578年)10月24日付の法隆寺に宛てた書状などにその名がみえる(『法隆寺文書』)。また、九藤の屋敷は京都三条の妙心院にあったとされ、信長から京都の奉行に任命されていた可能性があるが、事績などは不明な点が多い[1]。
脚注[編集]
注釈[編集]
出典[編集]
参考文献[編集]
- 岡田正人 『織田信長総合事典』 雄山閣出版、1999年。 。