上米

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上米(あげまい)とは、江戸幕府によって制定されたの上納制度のことである。上米の制(あげまいのせい)とも言われる。第8代征夷大将軍徳川吉宗享保の改革の際に財政再建政策の一環として施行された。

概要[編集]

享保7年(1722年)に財政再建に着手していた徳川吉宗は、諸大名に対して1万石にあたり100石の上米を上納するように命じた。その代償として享保8年(1723年)から参勤交代制度を緩和して外様大名譜代大名の区別をすることなく大名は半年江戸に在府し、3月・9月交代と定め、隔年参勤は半年在府して1年半在国し、半年参勤は半年在府1年在国となった。江戸に在府することが許されていたり、老中若年寄など江戸幕府の要職に就任している役職付大名などにも上米は命じられている。ところが、この代償として参勤交代を緩和したことがかえって大名勤務や火番制に支障をきたしたりした。このため、消防制度上大名火消から町火消への転換が促進されたりした。

享保15年(1730年)、翌年から上米の制度を停止して大名の参勤交代制度を以前に戻すことが宣言された。