ハル・ブリーデン

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ハロルド・ノエル・ブリーデンHarold Noel "Hal" Breeden1944年6月28日 -2021年5月3日 )は、アメリカ合衆国ジョージア州出身の元プロ野球選手一塁手)。左投右打。

経歴[編集]

アメリカ合衆国ジョージア州出身。1971年カブスでメジャーリーグデビューし、1972年からの4シーズンはエクスポズに入団。1973年に15本塁打を記録する。

1976年に日本に来日して3シーズンを阪神タイガースでプレーし、同年は40本塁打を記録した。なお、この年に阪神はチームとして当時のリーグ年間最多本塁打となる193本塁打を記録した。打席に立つとかみタバコで頬を膨らませた顔がみるみる紅潮したことから、その表情の様子から「赤鬼」の異名でも知られた。1977年になると打率2割3分6厘と前年より大きく数字を下げたが、満塁本塁打を3本も記録し90打点とチャンスに強かった。1978年には右膝痛に悩まされ、最終的に右膝靱帯損傷と診断されて完治は難しいとの判断から、シーズン途中で戦力外通告を受けた。日本では通算3年間で260試合に出場し、打率2割5分1厘、79本塁打、194打点という記録を残した。

選手として現役引退後は、故郷ジョージア州の郡保安官を務めた。

2021年5月3日、アメリカのジョージア州リースバーグの自宅で死去した。76歳没。

詳細情報[編集]

記録[編集]

NPB初記録
NPBその他の記録

背番号[編集]

  • 25(1971年)
  • 23(1972年 - 1975年)
  • 44(1976年 - 1978年)

関連項目[編集]