デニス・ベルカンプ
選手情報 | |
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英字表記 | Dennis BERGKAMP |
生年月日 | 1969年5月10日(55歳) |
出身地 | オランダ、アムステルダム |
身長 | 183 cm |
体重 | 81 kg |
ポジション | フォワード |
クラブチーム | |
1986-1993 1993-1995 1996-2006 |
アヤックス インテル・ミラノ アーセナル |
代表チーム | |
1990-2000 | オランダ |
デニス・ベルカンプ(Dennis Nicolaas Maria Bergkamp、1969年5月10日 - )は、オランダの首都アムステルダム出身の元同国代表サッカー選手。ポジションはFW。
プレースタイル[編集]
華麗なプレーで知られる稀代の名手。洗練された技術,精密なイマジネーションで試合を支配する。並外れた技術と強靱なフィジカルから極めて高いボールキープ力を有し、一瞬の閃きと優雅かつ決定的なスルーパスで幾度となくチームに勝利をもたらした。なかでもトラップの技術はロベルト・バッジョ、ジネディーヌ・ジダンと共に世界最高位に位置しており、ティエリ・アンリとの2トップは「アーセナル史上最高の2トップ」と呼ばれた。
最前線ではなくいわゆる1.5列目を得意とし、ドリブル、ラストパス、シュートのいずれも世界屈指の完成度を誇った。ロベルト・バッジョにも似たその全能性が「世界最高のセカンドトップ」とも称される所以である。ボールコントロールに関しては天下一品の技術を誇り、アーセナル時代の恩師であるアーセン・ベンゲルは「上空から落ちてくるボールをトラップし次の動作に移行する巧さで、彼の右に出る者はいない。」と絶賛した。
エピソード[編集]
俳優のヴァル・キルマー(『トップガン』でアイスマン役を演じた)に似ていることから「アイスマン」のニックネームで知られる。
極度の飛行機恐怖症という弱点を持つことでも有名である。このためヨハン・クライフのニックネーム「Flying Dutchman(空飛ぶオランダ人)」をもじって「Non-flying Dutchman(飛ばないオランダ人)」と呼ばれた。飛行機恐怖症の理由として、「乗っていた飛行機が爆破予告の対象になり、それがトラウマになっている」、「機中で同行記者に不安を煽ることを言われた」、「自分が乗る予定だった飛行機に乗った友人が航空事故で亡くなった」等の諸説がある。このため、遠隔地への遠征にも陸路でしか参加できなかったことがチームの監督を悩ませていた。アメリカ合衆国で開催された1994年アメリカワールドカップでは船で渡米し、EURO2000後の代表引退の一因はこの飛行機恐怖症であるとも言われている(2002 FIFAワールドカップの開催国であった日本と韓国は陸路・海路での移動が極めて困難な極東の地にあり、飛行機に乗ることが不可避であった)。ベルカンプを欠いたオランダ代表は2002年ワールドカップ欧州予選で敗退した。
インテル所属時代に、当時の主将ジュゼッペ・ベルゴミに「もっとも失望した選手」と言われたことがある。また所属チームの会長からホームシックにかかったと目され故郷オランダ絡みのミニ風車、ダムを自宅に作ってもらったがチームになじめなかった、等の話がある。インテル在籍2年間は全く活躍できず、獲得時の高額の移籍金を引き合いに「史上最高額のガラクタ」と揶揄されたこともある。インテル移籍失敗の原因として、まず性格面において元来社交的な性格ではないことで知られ、そのためイタリア移籍後もイタリア語をほとんど話せずチームに馴染めなかったこと、また戦術面において当時のインテルの守備的な戦術が、彼がそれまでプレーしてきたアヤックスの超攻撃的な戦術と全く異なったため、彼の特長が発揮できる環境になかったことなどが挙げられる。その後、イングランドのアーセナルに移籍した後の成功は、以上の問題がクリアされたことも大きな要因といえよう。言語に関してはオランダ人であるため、元々英語に堪能であり、戦術に関してもアーセナルはインテルより遥かに攻撃的であった。
漫画・キャプテン翼の登場キャラクターであるカルロス・サンターナが得意技としている「サンターナターン」という技を実際の試合中に披露したことがある。
引退時、アーセナルよりフロント入りのオファーを受けたが断って古巣アヤックスに指導者することを選んだと本人が2010年5月31日放送の「すぽると!」にて語っている。