オカルト

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オカルトとは、「秘儀」「隠蔽」「掩蔽」などの意味。によって惑星が掩蔽されるのはオカルテーションであり、太陽が月によってオカルテーションされると日蝕である。地球によって掩蔽されることを月蝕という。

概要[編集]

代表的なのは、

  • 本当のことを言ってしまうと「人のロマンをぶち壊しやがって」と逆恨みされたりするので、「それは秘儀なので」と言ってごまかす。
  • カモを逃がさないように手口を隠蔽する。

である。前者は手品師とか占い師とか催眠術師やカウンセラーとかが使う手法であり、後者は詐欺師のやり口のひとつである。もうひとつ、「自分の信じたいことを『信じろ』と命令してくれ。それでうまくゆかなかったらあんたが責任を取ってくれ」という困った人対策というものもある。こういうことを大っぴらに表明すると叩かれるために、オカルトはオカルトなのである。オカルトに対するリテラシーのある人には「オカルトではない」と言っちゃっても特に問題はないが、相手がリテラシーのない統合失調症の患者であるとしたら、「それ、幻覚ですよ」と下手に言うと刺されたりしかねない。
そんなわけで、ダウジングなんかはすでにカラクリが解明されているのでオカルトではない。単なる「自分の無意識との対話」である。フロイトやユングは無意識の存在を認めているわけで、超自我の検閲機構を迂回するだけの話である。これで五割の確率を六割に引っ張り上げたり六割の確率を七割に引っ張りあげたりすることは可能であるが、それ以上は確率とか予測可能性の話でしかないのでサイコロでも振っても結果は似たようなものである。
とはいえタルティーニの『悪魔のトリル』やケクレのベンゼン環の発見のように、充分に用意をしておけば「預言」「お告げ」が降ってくることがあり、その時に幸運の女神の前髪をひっ掴む確率が上がるというのは確かである。プリンプトン322を解読した奴は、「風邪で高熱を出して魘されていたら、夢枕にメソポタミアの書記の神ナブー様が立って、『この図形を見ろ。まだ死ぬな』という天啓が与えられた」と公言している。
かつての岡山天文台の台長であった石田五郎さんも、「たしかに当たる、体感予報」と「岡山天文台いろはがるた」で述べている。気象学の分野ではわりあいに普通のことであり、「結果は合ってたかもしれないけれど、説明できない」という話も珍しくはない。岡山天文台には能の『隅田川』をオペラ化したブリテンの「カーリュー・リバー」のレコードがあり、「かけると曇る呪いのレコード」として知られているが、こちらも未解明である。曇ったら観測できなくなるため、「曇りそうだな」という不安感を解消するためにレコード再生するという推測もあり、忌野清志郎の『雨上がりの夜空に』で晴れるかというとそうでもない。昭和天皇陛下は「晴れ男」とされていたが、現在では行動経済学上のバーナム効果による認知バイアスであるというのが一般的な解釈である。電算業界では、この類の認知バイアスを「雨男の誤謬」と呼んでいる。
こういうことがあるので、オカルトもまんざら捨てたものではない。

脚注[編集]

関連項目[編集]