ウィリアム・テル

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ヴィルヘルム・テルウィリアム・テルドイツ語Wilhelm Tellフランス語Guillaume Tellギヨーム・テル〕、イタリア語Guglielmo Tellグリエルモ・テル〕、英語William Tell)は、14世紀初頭にスイス中央部のウーリ州のアルトドルフに住んだとされる伝説の英雄。彼の名が記された史料が見つかっていないため実在性は証明されていないが、スイス人の6割はテルが実在の人物であると信じている[1]。彼はスイスのみならず世界的に有名で、日本でもの名手として知られている。日本では長らく英語名に基づいた表記「ウィリアム・テル」が使われており、他にドイツ語名に則した表記「ヴィルヘルム・テル」も用いられている。

概要[編集]

13世紀末から14世紀初頭にかけてのスイスにおける伝説の人物。スイス独立の英雄の一人として15世紀民謡で登場して以来、多くの詩や劇の題材として取り上げられている。特にドイツの劇作家・フリードリヒ・フォン・シラー戯曲である「ウィルヘルム・テル」やイタリア作曲家ジョアキーノ・ロッシーニオペラの「ウィリアム・テル」が名高い。

なお、伝わる話は以上のものである。スイスのウーリ州出身の農民で狩の名手であったウィリアム・テルは神聖ローマ帝国ハプスブルク家オーストリア代官・ゲスラーの帽子に敬意を表さなかったため、愛児の頭にのせたリンゴを矢で射おとせという難題をふっかけられた。ところがこの無理な難題をテルは成功して逆に賞賛された。その直後、失敗して息子が死んだ時にゲスラーを射殺する覚悟で持っていたもう1本の矢の所持を咎められて逮捕された。

しかし、投獄される前に彼を慕う農民に救出されて逃亡した後、ゲスラーを待ち伏せして射殺した。これが契機となり農民たちがオーストリアの支配に対して一斉蜂起し、スイスの統一・独立が実現した。

以上であるが、テルが実在したという史料は一切なく、あくまで架空の人物である。

脚注[編集]

  1. 2004年に620人が参加して行われたLINK Institut社による調査([1])では、58%の回答者が実在の人物であると回答し、29%の回答者が伝説上の人物だと回答した。

外部リンク[編集]