馬渡尚憲

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馬渡 尚憲(まわたり しょうけん、1940年4月26日[1] - 2013年5月30日)は、経済学者。東北大学名誉教授。専門は経済学史、経済理論。

経歴[編集]

佐賀県生まれ[2]。本籍地は宮城県。1963年3月東京大学経済学部経済学科卒。1969年3月東京大学大学院経済学研究科経済理論・経済史学専門課程単位取得[1]

1969年4月法政大学経済学部専任講師。1971年4月同助教授。1974年4月東北大学経済学部助教授。1981年7月トロント大学ヨーク大学客員研究員(~1982年7月)。1982年10月東北大学経済学部教授[1]。1983年11月「J.S.Mill's methodology of political economy」(J.S.ミルの経済学方法論)で経済学博士(東京大学)[3]。1988年1月デューク大学客員研究員(~同年10月)。1995年3月東北大学経済学部長・大学院経済学研究科長(~1999年2月)。1999年4月東北大学大学院経済学研究科教授。2000年4月東北大学副総長(~2002年12月)。2003年3月東北大学退官、同年4月名誉教授[1]

2003年4月宮城大学第3代学長[1][4]。2009年4月公立大学法人宮城大学初代理事長[5]。2011年3月宮城大学理事長兼学長を退任、後任は西垣克[6]

経済学史学会代表幹事(1999年4月~2001年3月)、日本学術会議会員(第19期、2003年7月~2005年9月)なども歴任[1]

人物[編集]

宇野学派のマルクス経済学者。マルクス経済学の原論の研究から経済学方法論の研究へと向かい、J.S.ミルを高く評価した[7]。主著『J.S.ミルの経済学』(御茶の水書房、1997年)[8]

連続射殺事件を起こした永山則夫が、1972年1月の公判で法廷にマルクス経済学者を呼んでほしいと主張したことから、同年7月に杉浦克己(東京大学講師)とともに特別弁護人となった[9]

著書[編集]

単著[編集]

  • 『外国語経済学』(法政大学通信教育部、1972年)
  • 『経済学のメソドロジー――スミスからフリードマンまで』(日本評論社、1990年)
  • 『J.S.ミルの経済学』(御茶の水書房、1997年)
  • 『経済学史』(有斐閣、1997年)

共編著[編集]

  • 『経済学の古典 上――古典派とマルクス』(伊藤誠、小黒佐和子、小池田富男、桜井毅、平林千牧共著、有斐閣[有斐閣新書]、1978年)
  • 『経済学の現在――マルクスの射程から』(編、昭和堂、1989年)
    • 第2版『経済学の現在――マルクスの射程からV.2』(編、昭和堂、1995年)
    • 第3版『経済学の現在――マルクスの射程からV.3』(編、昭和堂、2002年)
  • 『現代の資本主義――構造と動態』(村上和光、平本厚、高橋弦、葛生政則、乗杉澄夫、長谷部弘共編、御茶の水書房、1990年)

訳書[編集]

  • マーク・ブローグ『リカァドウ派の経済学――歴史的研究』(島博保共訳、木鐸社、1981年)
  • メグナド・デサイ『マルクス経済学』(奥山忠信、石橋貞男共訳、御茶の水書房、1981年)

追悼集[編集]

  • 馬渡尚憲先生追悼文集刊行会編『馬渡尚憲追悼集――「尚学」の心』(馬渡尚憲先生追悼文集刊行会、2015年)
  • 仙台経済学研究会編『経済学の座標軸――馬渡尚憲先生追悼論文集』(社会評論社、2016年)

出典[編集]

  1. a b c d e f 業績目録(馬渡尚憲)」『東北大学史料館』第863号、2004年3月
  2. 「馬渡尚憲教授退官記念号」『研究年報経済学』第65巻3号、2004年1月
  3. CiNii 博士論文
  4. 宮城大学創立20周年・創基65周年記念式典式辞全文 公立大学法人宮城大学
  5. Top Interview ~ 変革に挑む 宮城大学 学長/馬渡尚憲PDF」リクルート『キャリアガイダンス』No.27、2009年7月
  6. 公立大学法人宮城大学の理事長(学長)予定者についてPDF宮城県総務部私学文書課、2010年11月15日
  7. 佐々木憲介「馬渡尚憲の経済学方法論研究」『経済学史学会ニュース』第44号PDF、2014年7月
  8. 舩木惠子「馬渡尚憲先生と経済学史研究」『経済学史学会ニュース』第44号PDF、2014年7月
  9. 佐木隆三『死刑囚 永山則夫』講談社、1994年

外部リンク[編集]