義経寺
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義経寺(ぎけいじ)とは、青森県東津軽郡外ヶ浜町字三厩家ノ上76に存在する寺院である。宗派は浄土宗。山号は竜馬山。寺の名が「義経」であるのは、この寺が源義経の逃亡伝説を現在に伝える寺院であることに由来する。
概要[編集]
三厩集落の中央、三厩湾を見下ろす高台上に存在する寺院である。
平氏討伐で武功を立てた源義経は、平氏滅亡後に兄の源頼朝と対立して奥州藤原氏の下に逃れる。しかし奥州藤原氏は頼朝の圧力を受けて、文治5年(1189年)に衣川で義経を攻め殺した。
しかしこの寺に伝わるところによると、義経は衣川で討死しておらず、密かに逃れて名を義行、あるいは義顕と改めて三厩に来ると、ここから北海道に渡ろうとしたが風雨が激しくて船を出せず、3日3晩正観音に晴天を祈願すると、満願の日に白髪の老人が現れて海岸の洞窟にいる3頭の竜馬がいる旨を告げて消えた。義経はそのお告げを信じて竜馬に乗って北海道に渡ったという。観音の恩を感じた義経は、出発に際して念持の高さ一寸(約3センチ)の白銀の正観音像を海べりの岩上に安置してから渡海したという。
江戸時代初期、当地を訪問していた放浪の僧侶・円空はその像を発見すると、往時をしのんで観音像を刻み、胎内に白銀の正観音を納めて草庵を営んだが、これが義経寺の開基と言われている。ちなみに三厩の地名は義経が乗った3頭の竜馬がいたところ、つまり「3馬屋」に由来すると言われている。寺の観音堂には円空の作といわれる木彫観世音菩薩像が現存しており、青森県の重宝に指定されている。これは寛文7年(1667年)の銘をもつ高さ52センチの木造像であるが、胎内には伝説に見られるような白銀の正観音像は無い。