福原 利兵衛(ふくはら りへえ、慶長4年(1599年) - ?)は、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての武士。石田三成の母方の甥にあたる。
父は福原直高。母は石田三成の妹[1]。
父の直高は慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いで西軍に属して、戦後に伊勢国において自害を余儀なくされた。この時たった2歳だった利兵衛は乳母に抱かれて鳥取に逃れた[1]。
没年は不明だが、子の2代目・福原九右衛門の時に岡山に移住し、その後子孫は代々続き、昭和60年(1985年)の時点で13代の福原直美が岡山にいることまで確認されている[1]。