火葬
『火葬』(かそう)とは、死者の遺体を焼く儀式。
概要[編集]
実は火葬を盛んに行う宗教はヒンドゥー教、チベット地区以外の仏教と日本の神社神道ぐらいである。それ以外の宗教だと
- キリスト教:最終戦争であるハルマゲドンの終結後、すべての死者が復活すると考えられているため火葬は忌避される[1]
- イスラム教:キリスト教同様、最終戦争後の審判ですべての死者が復活する。これはアッラーの御考えであり、コーランにもそう書いてある。だから火葬禁止。ただし死刑の追加の刑罰として火葬を行うことがある。(死後の火刑)
- ユダヤ教:キリスト教、イスラム教同様の理由で火葬禁止。ただしラビという宗教的指導者が許可すれば火葬してもよい
- 儒教:先祖・親から授かった体を傷つける行為は死後であっても忌むべき行為とされるため、火葬は忌避される
- 神社神道:元々は土葬だったが、別に忌避すべきとも禁止すべきとも言われていないため、火葬が主流
- ゾロアスター教:自然のものは全て神聖なものとされるため、不浄な遺体を神聖な火を使って燃やすなど以ての外
しかしイスラム教、ゾロアスター教、チベット仏教以外では火葬が主流になりつつある。その理由として
- 宗教の社会的影響力が低下したこと
- 土葬に必要な土地が不足気味であること
- 井戸水が遺体の腐敗で汚染される
が主だった理由となっている。しかしエンバーミングという遺体の防腐処理を行えば地下水を汚すこと無く土葬することが可能であり、土地に余裕のある国では今も土葬が主流の地域もある。
日本における火葬[編集]
日本に火葬の風習が伝わったのは仏教の伝来と同時期とされるが、実際は仏教伝来よりも前の縄文時代の遺跡から火葬の痕跡が発見されている。 仏教伝来後、火葬は当時最先端の教えとして広まったが、火葬をするのは庶民ではなく、貴族など上流階級ばかりで、庶民は土葬が主流だった。 これは人体のおよそ半分が水分で出来ており、燃やそうとするには大量の薪が必要となる。しかし薪は生活必需品であり、余裕のない庶民にとっては莫大な薪代を負担するのが難しかったからだという。
火葬は死体を扱うということで賤民が行うこととされた。
時代が下がって明治時代に入ると廃仏毀釈 ()運動の一環で火葬は仏教の教えの影響を受けているとして一度政府によって禁止された。が、江戸時代から世界でもトップレベルの人口密度を誇った江戸→東京や京都、大阪といった都市部であっという間に墓地が不足し、更にコレラなどの伝染病が蔓延したため明治政府は火葬禁止を撤回した。 以後公営の火葬場が各地に続々と建設されたことで火葬に必要なコストが低下し、余裕のない庶民でも死後土葬ではなく火葬を選ぶ例が爆発的に増加。現在では火葬が法令で義務化されていないにもかかわらずほとんどの遺体が火葬されるようになった。 これには宗教的なこだわりが異様に低い上、土葬を受け入れてくれる霊園が少ないのも火葬が爆発的に普及した理由とされる。なお日本の火葬技術は世界でもトップレベルとされ、皮膚・筋肉・内臓といった有機物だけを焼き払い、骨だけをきれいに残せるようになっている。
火葬場の設備[編集]
火葬は都道府県知事の許可を受けた火葬場で行う。運営主体は市区町村などが多いが、中には地元住民が個人で、あるいは共同で所有する物や企業が運営する物もある。 内部には
- 告別室
- 炉前ホール
- 火葬炉
- 遺族・参列者控室
が最低限存在する。中には通夜から火葬までを1箇所で行えるよう斎場を併設するものもある他、骨壷や軽食などを売っている売店もある。
火葬炉には台車式とロストル式の2種類がある。台車式は耐火台車の上に棺を載せ、台車ごと焼くもので骨化まで時間はかかるものの、遺骨が元の配置を留めたようになる。 ロストル式は金属の棒の上に棺を載せて焼くもので、骨化までの時間は短いが遺骨の位置関係がバラバラになってしまう。
現在の火葬場は美術館やホテルのような近代的なデザインが多く、周囲に違和感無く溶け込むようになっている。これは火葬場が迷惑施設として住民から忌避される傾向にあり、高い煙突など火葬場の象徴とも言える外観は数が少なくなっている。
火葬場は友引と正月が休業とされる。これは友引の日に葬儀を行う人が少ないためだが、最近の火葬需要の増加に対応するため友引でも稼働する火葬場が都市部を中心に増えている。
火葬の流れ[編集]
自宅や斎場で葬儀を終えた後遺体を霊柩車に載せ、火葬場へと向かう。到着後、最後のお別れを行う。 お別れが済むと遺体は火葬場の職員などによって火葬炉へ入れられ、職員によって点火される。 完了まで1時間程度はかかるため、その間併設の控室で遺族・参列者は待つ。
火葬が完了した遺体は収骨室に運ばれ、ここで遺骨を骨壷へ収めるお骨上げを行う。お骨上げは竹で出来た箸を二人一組で持ち、足から順番に収めていく。一番最後に喉仏を収め、骨壷に蓋をして桐の箱に納め、布で包んで自宅へ持ち帰る。墓の準備が整ったら墓に入れる。最近は墓を作らず、共同の納骨堂に収めたり、故人の希望した土地に散骨したり、遺骨を宝石やペンダントに加工したりすることもある。
なおお骨上げする時、収める骨の数に東日本と西日本で大きな違いがある。東日本では基本的に全ての骨を収める。一方、西日本は基本的に主要な骨だけを収める。なお収骨されなかった骨は火葬場内の慰霊墳墓や公営墓地に合葬される。中には収骨されなかった骨を集め、専門業者が遺骨に含まれる金属を抽出することもある。
火葬の注意点[編集]
火葬時に副葬品を入れることが出来る。高温で焼失するものであればほぼ何でも入れられるのだが
- 貨幣
- 合成樹脂等ダイオキシンの発生リスクが高いもの
- 分厚い本
といったものは入れることが出来ない。あの世に持っていけるお金は紙に印刷された六文銭だけである。
以前は副葬品によって遺骨に色がつくと考えられていたが、最近になって副葬品に関係なく、遺体の内部に含まれている物質が原因で遺骨に色がつく事が判明している。
- ピンク色:カリウム
- 緑色:銅
- 茶色:カルシウム
火葬にまつわるあれやこれや[編集]
- 外国だと日本のように遺骨にこだわる人はあまり多くないため、遺骨は細かく砕いて粉末にする事が多い。粉末にすることで骨壷の形状を自由にできる上、散骨やメモリアルストーンなどに加工しやすく出来るからである。
- 仏教は釈迦が死後焼かれたために火葬が主流だが、チベット仏教については火葬ではなく鳥葬が主流である。これはチベット地方が寒冷で木が育ちにくく、大量の薪を消費する火葬がしづらいこと、土葬しようにも土が固くて掘るのが難しいという実情と、生前多くの生き物を殺して生きてきたのだから、死後に遺体を鳥に食べさせることで他の生命への布施とするという考え方があるため。
脚注[編集]
- ↑ 宗派による?
関連項目[編集]