憲法総論
憲法総論(けんぽうそうろん)とは、法律学のうち憲法学の総論をいう。
憲法[編集]
法規範としての憲法は、国家がその領土内において統治権を行使する仕組みを定めた基本法をいう。この憲法は、その意味付けにおいて形式的意味と、実質的意味とに大別される[1]。憲法について詳しくは、憲法の項を参照されたい。
形式的意味の憲法[編集]
憲法という名称を持つ単一の文書をいうものである[2]。国家によっては、「憲法」の語に相当する言葉が用いられることがある[3]。
実質的意味の憲法[編集]
ある特定の内容を持っやたルールを憲法と呼称する場合の憲法とはこの意味をいう。実質的意味の憲法は、さらに固有の意味の憲法、立憲的意味の憲法とに分けられる[3]。
固有の意味の憲法[編集]
国家の構造や組織を意味する言葉であるため、いかなる国にもこの固有の意味の憲法は存在することになる[3]。
立憲的意味の憲法[編集]
立憲的意味の憲法(近代的意味の憲法ともいう)は、国家権力を抑制して国民の権利自由を保護するとの観点のもとに自由主義に基づいてつくられた国家の基礎法をいう。フランス人権宣言第16条にも謳うわれているように、権利の保障を目的として権力分立の統治機構を備えていることが、この意味の憲法であるというための条件となる。
この意味の憲法は、形式的な意味における成文憲法、性質の面における硬性憲法という2つの特徴に分類することができる。
成分憲法[編集]
成文化された憲法をいうものである[4]。社会契約説に基づいて、憲法を個人の自然権を守るための国家との契約であると捉えた時に、口約束よりも成文化された文書としての憲法があるほうが合理的であり、望ましい[4]。
硬性憲法[編集]
憲法制定力に基づいて制定された政府が通常の立法手続と同様に憲法を改正することができるのは不合理であるとの考えに基づき、通常の立法手続よりも厳格な改正手続を定めている憲法を、硬性憲法というのであり、日本国憲法はこれに該当する[4]。
憲法の法的位置づけ[編集]
憲法は法律の上位法である[5]。さらに法律の下位法には命令があるように、法的な優劣関係が定まっているが、その頂点にあるのが憲法である。憲法は、組織規範、制限規範、授権規範、最高法規としての性質を持つ[5]。
組織規範とは、司法、行政、立法それぞれの国家機関の在り方を定めるものである[5]。
制限規範とは、国家権力の内容を定める規範としての意味を持つということである[6]。
授権規範とは、各国家機関に授権する性質を持つということである。憲法によって授権された法律は、さらに下位法に授権する。こうして、法体系が築かれるのである[6]。
最高法規としての性質とは、日本国憲法第98条1項にいうように、国家の最高法規だということである[7]。
立憲主義[編集]
立憲主義の目的は、国家権力の濫用を防止し、国民の権利自由を保護することにある[8]。
近代立憲主義[編集]
近代立憲主義では、国家権力の濫用の防止を主眼に据えていたため、国家に国民のための積極的な働きかけを行うことは求められていなかった[9]。これは、フランス人権宣言16条を参照すれば明らかである[9]。
現代立憲主義[編集]
近代に入り、資本主義が進展するにつれ、国民の間では貧富の格差が肥大し、社会的経済的な格差、不平等が固定化されていった[9]。この中で、権利自由の享有にかかる実質的平等を要求する動きが高まり、近代立憲主義は現代立憲主義へと変化した[9]。
そして、国家権力の濫用を防止することはもちろんのことながら、国家が国民に対して積極的に介入することが国家の働きとして求められることになった。このことから、国家は、公共の福祉の実現に向けて積極的に行動することとなった。これが現代立憲主義である[9]。
大日本帝国憲法[編集]
大日本帝国憲法(俗に「明治憲法」ともいう)は、1889年に皇室典範と併せて公布、翌年施行された我が国の旧憲法である[10]。大日本帝国憲法の原点は、「五箇条の御誓文」と「政体書」にその端を発する[10]。
原理[編集]
天皇主権[編集]
一般に、天皇主権を基本としていると言われる[11]。ここでいう「主権」とは、国政の在り方を最終的に決定する力をいう[11]。これは、単一・不可分・不可譲という性質をもつ[11]。天皇主権を標榜する大日本帝国憲法下では、為政者によって「国体」の概念が重視された[11]。「国体」の意義については諸説ある[12]。
憲政の常道[編集]
大日本帝国憲法は、何より天皇の強大な権能が目に付くが、これは、イギリスにおける制限君主制に倣うものであり、憲政の常道の実践を試みたものである[12]。
法律の留保[編集]
大日本帝国憲法下において、人民の権利は、法律の留保のもとに置かれていた[12]。これは人権をはじめとする権利の保障にとって十分な保障でないといえるが、一方で、法律の議決がなければ天皇の意思のみで法律を作ることができないことをも意味していたといえるようである[12]。
総論[編集]
憲法には、前文が置かれている[13]。
前文[編集]
前文には、国民主権、民主主義、基本的人権の尊重が謳われている[14]。基本的人権の尊重については、「わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保」の部分がこれにあたる[14]。他にも、平和主義、国際協調主義が謳われている[14]。
基本的人権[編集]
憲法第11条によれば、人権は生まれながらにして持つ不可侵の権利であり、すべて国民が享受できるものだとされている[15]。基本的人権に関して、自由権、参政権、受益権、社会権がそれぞれ憲法上認められている[15]。
自由権とは、国家の国民個人の領域に権力をもって介入することを排除し、個人の自由を保障する人権を言う[15]。さらに経済的自由権、身体的自由権、精神的自由権に大別される[15]。
参政権とは、国政に参加する権利を言う[15]。通常は参政権をいうが、広義では被選挙権、公務就任権、憲法改正国民投票権、最高裁判所裁判官国民審査権をもいう[15]。
受益権とは、人権確保のため国家に対して積極的な営為を求める権利をいう[15]。
社会権とは、社会的経済的救済の観点から、国家に対して適切な施策を要求する権利を言う[16]。
享有主体[編集]
これら基本的人権の享有主体は、国民、皇族、外国人である。ただし、無制限に権利の享受が保証されるわけではない[16]。
未成年者は参政権が、天皇・皇族は政治活動の自由、参政権、職業選択、外国移住などの自由につき制限が加えられる[16]。
また、外国人は、「マクリーン事件」最高裁判決に言うように、権利の性質上日本国民をその対象としているものを除いた権利を享受できる[16]。外国人に保証されない権利としては、参政権、入国の自由、再入国の自由が制限される[17]。入国の自由については、「マクリーン事件」最高裁判決を参照されたい[17]。加えて、再入国の自由については、「森川キャサリーン事件」の最高裁判決を参照されたい[17]。ただし、再入国の自由について、特別永住者を除くことには注意されたい[17]。
以上のみならず法人も人権の享有主体となる[17]。これについては「八幡製鉄政治献金事件」最高裁判決を参照されたい[18]。
人権の私人間効力[編集]
憲法の人権規定は、公権力との関係において個人の権利自由を保障するものであるが、社会の発達に伴って、人権規定について、私人間にも直接にその効力を及ぼすべきであるか否かが争われるようになった[18]。これが人権の私人間効力(人権の第三者効力ともいう)の問題である[18]。この点、憲法上の権利・自由のすべてに私人間における直接効力を求める説と(直接適用説)、私法の条項を憲法の趣旨に基づいて解釈することで憲法の適用を実現しようとする考え方がある(間接適用説)[18]。一般には後者が妥当だとされている[18]。
憲法改正[編集]
憲法の定める手続に則り修正等行うことを憲法の改正という[19]。ただし、憲法改正手続に則ってさえいればいかなる憲法の特定の内容や原則をも改廃して良いか否かについては諸説ある[19]。憲法改正に関して、その改正手続を定める法律が、「日本国憲法の改正手続に関する法律」として2007年に制定された[20]。
憲法改正手続[編集]
まず、憲法改正の流れとして、国会議員が国会法68条の2に基づいて一定数賛成することにより、憲法改正案の原案を発議する[20]。次に、憲法審査会に憲法改正案を提出する[21]。そして、憲法改正を発議する。ここでいう「発議」は、国会が憲法改正案を決定し国民投票を求めて国民に提案することを意味するのであって、国会において議題として憲法改正案を審議するのではないことには注意されたい[21]。
国民投票[編集]
国民投票の対象は憲法改正案の審議にのみ限られる[21]。その方法としては、憲法改正発議ののち、60日以後180日以内で国民投票を行う[21]。投票は、有権者一人につき一票である[21]。
国民投票にかかる投票権は両性満18歳以上の者に限られる[21]。
日本国憲法96条に基づき、憲法改正の是非を問う国民投票の手続きを定めた法律の改正案、いわゆる国民投票法改正案が平成30年(2018年)6月に自由民主党・公明党・日本維新の会など4党が共同提出された。投票に関する規定を公選法に合わせ、駅や商業施設でも投票できる「共通投票所」の導入、投票所に同伴できる子供の範囲拡大、期日前投票時間の弾力化など7項目で構成されている。
参考文献[編集]
池田実『憲法[第2版]』(2016年、嵯峨野書院)
脚注[編集]
- ↑ 池田実 『憲法[第2版]』 嵯峨野書院、2016年4月20日、1頁。
- ↑ 池田実 『憲法[第2版]』 嵯峨野書院、2016年4月20日、2頁。
- ↑ a b c 池田実 『憲法[第2版]』 嵯峨野書院、2016年4月20日、4頁。
- ↑ a b c 池田実 『憲法[第2版]』 嵯峨野書院、2016年4月20日、4頁。
- ↑ a b c 池田実 『憲法[第2版]』 嵯峨野書院、2016年4月20日、5頁。
- ↑ a b 池田実 『憲法[第2版]』 嵯峨野書院、2016年4月20日、6頁。
- ↑ 池田実 『憲法[第2版]』 嵯峨野書院、2016年4月20日、7頁。
- ↑ 池田実 『憲法[第2版]』 嵯峨野書院、2016年4月20日、7,8。
- ↑ a b c d e 池田実 『憲法[第2版]』 嵯峨野書院、2016年4月20日、8頁。
- ↑ a b 池田実 『憲法[第2版]』 嵯峨野書院、2016年4月20日、9頁。
- ↑ a b c d 池田実 『憲法[第2版]』 嵯峨野書院、2016年4月20日、10頁。
- ↑ a b c d 池田実 『憲法[第2版]』 嵯峨野書院、2016年4月20日、11頁。
- ↑ 池田実 『憲法[第2版]』 嵯峨野書院、2016年4月20日、12頁。
- ↑ a b c 池田実 『憲法[第2版]』 嵯峨野書院、2016年4月20日、13頁。
- ↑ a b c d e f g 池田実 『憲法[第2版]』 嵯峨野書院、2016年4月20日、14頁。
- ↑ a b c d 池田実 『憲法[第2版]』 嵯峨野書院、2016年4月20日、15頁。
- ↑ a b c d e 池田実 『憲法[第2版]』 嵯峨野書院、2016年4月20日、16頁。
- ↑ a b c d e 池田実 『憲法[第2版]』 嵯峨野書院、2016年4月20日、17頁。
- ↑ a b 池田実 『憲法[第2版]』 嵯峨野書院、2016年4月20日、20頁。
- ↑ a b 池田実 『憲法[第2版]』 嵯峨野書院、2016年4月20日、21頁。
- ↑ a b c d e f 池田実 『憲法[第2版]』 嵯峨野書院、2016年4月20日、22頁。