徳川照耀院

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徳川 照耀院(とくがわ しょうよういん、天保14年8月15日1843年9月8日) - 天保14年8月15日(1843年9月8日))とは、江戸時代後期の徳川将軍家の一族。

生涯[編集]

父は江戸幕府の第12代征夷大将軍徳川家慶で11男。母は側室・金(見光院)。第13代将軍・徳川家定の異母弟に当たる。

江戸城本丸で生まれたが、難産であったことから母子共にその日のうちに死去したという。墓所は東京都港区の増上寺。9月19日に葬送された。

法名は照耀院殿光月明顕大童子。墓所の発掘調査で、中棺から袋に入ったままの抹香、水晶軸の巻物が出土している。