山名 義幸(やまな よしゆき、生没年不詳)は、南北朝時代の守護大名。室町幕府侍所頭人。丹後・出雲・隠岐守護。山名師義の長男で氏之、義熙、満幸の兄。子に師幸。官途は讃岐守。民部少輔[1]。
康暦元年/天授5年(1379年)に伊予の河野通直が細川頼之に攻められた際、叔父の時義と共に頼之追討令を下されて備後まで進軍したが、足利義満が頼之と細川頼元を赦免したため引き返した[1]。