プロ野球再編問題 (2004年)

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プロ野球再編問題 (ぷろやきゅうさいへんもんだい) とは、2004年に発生した日本プロ野球再編騒動

概要[編集]

2004年にプロ野球パシフィック・リーグでかねてからの経営難が明るみに出た大阪近鉄バファローズ (以下、近鉄) がオリックス・ブルーウェーブ (以下、オリックス) への吸収合併を表明し、9月6日にオーナー会議で承認されたことを発端とする一連の騒動である。

この間、当時放送権収入に乏しく赤字体質だったパ・リーグで、あと2チームの合併を進めて、セ・リーグとパ・リーグが6:4になった場合は、放送権料を差配している読売ジャイアンツがパ・リーグに移籍する案や、プロ野球を8ないし10球団1リーグ制にしつつ、アマチームと交流戦を行う3軍を創設して支配下選手数を維持または拡大する案など、球団数削減が議論になった。一方で、これ以上の球団合併は実施せず、近鉄選手救済の方法を模索することで、9月10日に機構は選手会と一旦妥結した。

しかし、経営・オーナー側は縮小再編を主導し続け、12球団維持を考えない動きに、日本プロ野球選手会日本野球機構 (NPB) との間での対立を生み、9月18、19日に選手会がストライキを起こし、プロ野球ファンがオーナー側が予想しなかった選手会を支持するなど、展開は壮絶なものとなったが、結局、合併撤回による近鉄球団消滅阻止はならなかった。

一方、経営・オーナー側も喫緊の縮小再編を断念。ライブドアと楽天が表明した仙台本拠の新球団参入の是非に焦点が移って、楽天が2005年からのパ・リーグ新規参入を果たした。

その後もプロ野球球団の無い四国、北信越地方や静岡県を中心に、1950年代にセ・リーグ、パ・リーグで8球団あった前例やサッカーJリーグのチーム数拡大から、日本野球機構統括のプロ野球球団のエクスパンジョン(球団数増加)が要望され、王貞治や2004年の選手会ストライキを主導した古田敦也もエクスパンジョンを支持しているが、プロ球団の経営者側はエクスパンジョンに概ね消極的であり、放映権料収入の減少という環境の変化から今後も2004年のような縮小再編構想の再燃も考えられる。